第38話 恋バナ

 翌日の月曜日、僕はいつものように仕事まみれの時間を過ごした。

 ガーネットが復活したことで、やる気は元に戻っている。

 しかし、しんどいことに変わりはなく、当然のように残業している。

 何度も言うが、いまどきの地方公務員は楽ではないのだ。


 午後7時頃、ガーネットからメールが来た。

『仕事が終わったら、本庁舎近くのファストフード店に来てくれ』とのこと。

『了解』

 どうして飲食ができない彼女がファストフード店にいるのか不思議だが、行ってみるしかない。

 本田さんもスマホを見ていた。なにか連絡が入ったようだ。

「友だちから呼び出しがありました。今日はこれで上がります」

「僕も用事ができた。帰るよ」

 ふたりともパソコンを切り、帰り支度をした。


 僕はファストフード店に向かった。

 本田さんも僕についてきた。

「どうしたの? 本田さんの家はこっちじゃないよね?」

「波野先輩だって、ちがいますよね?」

「僕はファストフード店へ行くんだ」

「わたしもです」

「そうなの? ガーネットから呼び出しがあったんだけど」

「わたしは同期の夏川カレンからです」

 なんとなく、話が見えてきた。


 ファストフード店に入ると、4人掛けの席にガーネットと夏川さんが陣取っていた。

「数多、こっちだ!」

「茜さん、ここです」

 ふたりが手を振った。

 僕はコーヒーとハンバーガーを購入し、本田さんはイチゴのシェイクとチーズバーガーとポテトを買い、席へ向かった。

 ガーネットの隣に座る。本田さんは夏川さんの隣。

「きみたち、急に仲よくなったんだね」

「友だちだからな」

「カレン、ガーネットといつ知り合ったの?」

「昨日です。わたくしたち、運命の出会いを果たしたのです」

 ガーネットはにまにまと上機嫌に笑い、夏川さんはおっとりと微笑んでいる。

「なんの話をしていたのかな?」

「女ふたりが集まって話すことと言えば、恋バナですわ。ガーネットさんから、波野さんとの出会いからラブラブ同棲生活まで、とっぷりと聞かせてもらっているところです」

 ガーネットから僕たちの情報がだだ洩れになっているようだ。

「記事にはしないでよ、夏川さん」

「しませんから、安心してください」


「単にのろけを聞かされているだけじゃないの? 胸焼けしない?」

「胸焼けはしませんが、甘々な暮らしにかなり妬けちゃいますね」

「夏川さんは新聞部育ちなんだろう? 男性が多そうだ。モテたんじゃないの?」

「それなりにモテましたけれど、わたくし、新聞をつくるのは好きですが、記者体質の男性はあまり好きではないのです。それよりも控えめな男性が好みです。そうですね、たとえば、波野さんみたいな方がいいですね」

「数多はあげないぞ」

「残念です」

「カレンも波野先輩がタイプなの?」

「はい。ど真ん中ストライクです」

「あたしが狙っているんだから、邪魔しないで」

「数多はやらないって言ってるだろ」

 ガーネットの機嫌がみるみるうちに悪くなっている。ヤバい、と僕は感じた。また感情爆発を起こしたら困る。


「ふたりとも、なにを勘ちがいしているのかわからないけれど、僕はつまらない男だよ」

「その慎ましさ、好ましいです」

「先輩は自分の魅力をわかっていないんですよ」

「とにかく、僕はガーネットが大好きなの。なにを言われても揺るがないよ」

「数多ぁ、あたしも大好きだぜ」

「その一途なところ、とても魅力的ですね。でも、おふたりのラブラブを目の前で見せつけられると、胸焼けしてきました」

「アンドロイドにめろめろなところが、先輩の唯一の欠点ですね」

「モテモテな男があたしの恋人ってのは、けっこういい気分だな」

「モテモテなんかじゃない。このふたりは僕をからかっているだけなんだ」

「ちがいます」

 本田さんと夏川さんが声を揃えた。

 もしそうだとしたら、僕史上初のことだ。

 モテ期というやつがついに来たのだろうか。

 にやけそうになってしまう。顔を引き締めた。


「数多は真面目で誠実でやさしい最高の男だぜ」

「ガーネットさんには、恋心があるのですか?」

「あるね。これが恋でなかったら、なにが恋なんだっていうくらい、恋してるぜ」

「演技でないとしたら、めずらしいアンドロイドであると言わざるを得ません」

 世界で唯一のアンドロイドなんだよ。

 浅葱さん、こいつを野に放っている時点で、企業秘密を守ることは不可能ですよ。

「やはり記事にしたくなってきますね」

「やめてくれ。ガーネットのことを書けば、僕の平穏が乱されることは確実だ」

「そうなるでしょうね。わかりました。実に残念ですが、自粛いたします」

「そうしてくれ」

「しかし、ガーネットさんは目立ちますから、いずれは注目されてしまうのではないでしょうか」

「それができるだけ先であることを祈っているよ」

「ガーネットちゃんは芸能界にでも行けばいいわ。先輩はわたしがもらってあげるから」

「芸能界なんかに興味はないぜ。あんな忙しそうなところ、絶対にかかわりたくないね。あたしは数多のために料理をつくっていればしあわせなんだ」

「胸焼け」

「同じく」

 女たちはきゃいきゃいと騒ぎつづけていた。

 ガーネットが楽しそうなうちは、僕としては文句はなかった。 

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