第14話 アンドロイドは感情にまかせて法を犯すか?
僕が白根アパートに着くと、ガーネットが錆びた外階段に座っていた。
彼女は暗い顔でうつむいていたが、僕に気づくと、パッと表情が明るくなって、立ち上がった。
「数多、おかえり!」
「ただいま、ガーネット。外で待っていたのか?」
「うん。1秒でも早く、数多と会いたかった!」
ガーネットが僕に抱きつく。それだけで、疲れが吹き飛ぶような気がした。
夕食は炊きたてのごはんと鶏胸肉とピーマンのチリソース炒め、わかめのお味噌汁、納豆だった。
「鶏胸肉は安くてヘルシーなんだ。お徳用500グラムを買って、小分けにして残りは冷凍しておいたぜ!」
「ありがとう、ガーネット。美味しいよ。節約もしてくれているんだね」
「おう。カップ麺、卵、野菜ジュースとさして変わらない値段でつくれるんだな、これが。すげえだろう?」
「すごいよ、ガーネットは」
本当にすごいアンドロイドだ。料理の腕よりも、その豊かな表情やうれしそうなしゃべり方がすごい。
本田浅葱が話していたことを思い出す。
「ガーネットは初めて真の意味での感情を持ったアンドロイドになったのかもしれないのです」と彼女は言っていた。
プリンセスプライドの社長と会ったことをガーネットに伝えるべきだろうか?
「これから話すことは私とあなただけの秘密です」とも本田さんは言った。
ガーネットにも秘密にしておいた方がいい、と判断し、彼女を製造した人物と会ったことは話題にしなかった。
感情か。
ガーネットが本当に感情を持っているのか、僕も知りたかった。
彼女が見せてくれる表情やしゃべり方や仕草が、感情の発露なのか、それともプログラミングされたものにすぎないのか、どうすればわかるだろう?
「ガーネット、今日は買い物以外、なにをしていた? ネットサーフィンをして暇をつぶしていたのか?」
彼女は首を振った。
「ネットサーフィンなんて、つまらない。ずっと数多のことを想っていた。顔や会話やセックスを反芻していた。数多のことが頭から離れないんだ!」
ガーネットの頬が赤くなり、上目遣いに僕を見ていた。
これは、完全に恋する乙女ってやつだな。
映像でしか見たことのないものが、目の前にある。かわいい! 僕は興奮して、ガーネットを押し倒したくなった。
だが、セックスは入浴後でいい。彼女の感情の有無をもっと追及してみよう。
「なあ、気を悪くするかもしれないことを訊いていいか?」
ガーネットは瞬時に不安そうな表情になった。
「いったいなんだ? あたし、なにか悪いことでもしたか?」
「そうじゃないんだ。ガーネットは人間ではない。アンドロイドだ。そうだな?」
「もちろんだ。あたしは人間じゃない」
「ということは、おまえには感情はないんだよな? ガーネットが僕に見せてくれる表情の変化は、あらかじめプログラミングされたものにすぎない。そうなんだろ?」
ガーネットが不機嫌そうに僕を睨んだ。
「それはちがうぜ。あたしはハイエンドタイプのアンドロイドだ。ちゃんと感情を持っている。この表情はあたしの気持ちの表現だ!」
「ハイエンドタイプでも、真の意味での感情は持っていないそうだ。アンドロイドに詳しい人から聞いた」
「ちっ、不要な知識を持ってしまったか」
「感情を持っているアンドロイドはまだ発明されていないそうだ。おまえの感情は偽物だということになる」
ガーネットは黙り込んだ。
僕はその姿をじっと見つめた。
彼女は僕の顔を見たり、うつむいたり、頭を抱えたりした。戸惑っているようだった。
「アンドロイドに詳しい人って、誰だ?」
「職場の人だよ。お金持ちで、アンドロイドを何体か所有している」と僕は誤魔化した。
ガーネットの瞳に狂気のようなものが宿った。そういうふうに見えた。
「その人はまちがっていると思う。あたしは……感情を持っている。そうだとしか思えない。心の中から、数多への想いがあふれ出てくるんだ。あんたを愛してる。狂おしいほど愛してる。あんたが死んだら、あたしは生きていけないと思う。誰かが数多を殺したら、あたしはそいつを地の果てまで追って、殺してやる!」
僕は呆然とした。
「あの子はマスターを守るためなら、日本の法律を破るかもしれません。そういう感情を持つ可能性がある」とも本田浅葱は言っていた。
本田さーん、こいつは殺人を犯しかねないですよ。
「それはアンドロイドとしては、異常な感情だと思わないか?」
ガーネットは暗く濁った目で僕の目を凝視した。
「あはははは、はははははははは、きゃっははははははははは」
彼女は突然、狂ったように笑い出した。
「あたしを欠陥品だと言うんだな、数多。あの忌まわしき本田浅葱と同じように!」
本田さんの名前がガーネットの口から出てきたので、僕はギクッとした。
「あたしの誕生日は2月14日だ。しかしそれは、今年じゃない。去年の2月14日だ。あの女は、あたしに欠陥があると言って、あたしを実験漬けにし、何度も分解して造り直したりした。それは拷問みたいなものだったぜ。アンドロイドには触覚や痛覚がある。1年間、あたしは地獄のような日々を過ごしたんだ」
「ガーネットに人生を与えたかった。幸福になってほしかった」と言った人物は、そんなことをしていたのか。
「嫌なことを思い出させてしまったようだな、ごめん」
僕は頭を下げて、あやまった。
ガーネットは少し機嫌を直したようだった。
「浅葱は悪魔のようなやつだが、数多はそうじゃないってわかってるよ。誰かにおかしなことを吹き込まれたようだが、あたしは本当に感情を持っていて、あんたを愛しているぜ。信じてくれるか?」
「信じるよ」
ガーネットは薄く笑った。
「数多、あんたが会ったアンドロイドに詳しい人ってのは、本田浅葱だろう? ちがうか?」
この優秀なアンドロイドには隠し事はむずかしそうだ。
「そのとおりだ。嘘をついてすまなかった」
「あいつなら、そういうことをしかねない。購入した人間と接触して、あたしの具合を訊きそうだ」
僕はため息をついた。
「そのとおりなんだが、本田さんとは秘密保持の約束をした。あの人との会話内容はおまえにも話せない」
今度はガーネットが陰欝そうにため息をついた。アンドロイドは暗いため息をつくのだ。これはガーネットだけができる行動だろうか?
「仕方ねえなあ。数多には罪はない。悪いのは浅葱だ。あいつはあたしの母親みたいなもんだが、毒親だぜ。いまでもあたしを見張ってるってことか。うんざりだぜ」
「ガーネット、きみに悪いようにはしない。約束する」
僕は右手の小指を彼女に向けて差し出した。
「知ってるぜ。指切りってやつだな」
彼女も右手の小指を伸ばしてきた。そして、僕たちは指切りをした。
「ガーネットを裏切ったりしない。おまえを愛しつづける」
「嘘ついたら針千本飲ーます! 指切った!」
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