第35話 うわさのカッス
髪の長い守衛のおっさんか。
帽子の下から縮れた長髪をたなびかせ、常に酒臭くヤニ臭く、だらしなく荒んだ空気を周囲に振り撒いている奴だ。
この大学はこんなのをよくも守衛として正門前に立たせておけるよな、と呆れ返るほど異様なのである。
パリスが言うには“工房”のことは、この森本って奴が知ってるんじゃないかと言う。
「あのおっさんは大丈夫なのか?」
(森本さんなら大学のことはだいたい知っているよ)
と、パリスが言うのだが、この森本という守衛は本当に知っているのか、いまいち信用出来ない。
まぁ、でも今は何の手掛かり一つもない。
森本に“工房”のことを聞いてみるとするか。
「わかった、大学へ行って森本から話を聞いてみる」
通話を切ると、二号は俺の前に立ち、笑みを浮かべる。
「一人で森本へ会いに行くのか?」
「あぁ」
「暇潰しに付いて行ってやるよ」
二号の高飛車な態度に若干のイラつきを覚える。
「よりによって森本かよ…」
堀込が俺と二号の間に入ってきた。
「森本がどうかしたのか?」
俺からの問いかけに、堀込は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「森本のヤバさを知らないのか?」
「人相がやばいのは知ってるが」
「人相だけじゃねえんだよ。あいつは相手がちょっとでも気に入らない態度をすると刺してくるって噂だ」
「その噂は俺も聞いている」
二号も堀込の話に同調した。
恐ろしい噂だ。しかしだな、
「あくまでも噂だろ。どうせ噂に尾びれがついたようなものだろうよ。
それでも俺は行くぞ」
森本は堀込が言うところの噂通りの奴かもしれない。
だけど、今の俺は何か使命感のようなもので突き動かされている。
“仮面”を助け出したい、それだけじゃない。
もっと何かを突き止めなければならないという衝動だ。
しかし、その“何か”がわからないのだがな…
「流石だねぇ、一号ならそうこなくちゃな」
二号は俺のことを一号と呼んだ。
城本が二号なら俺は一号ってことか。
こいつの言葉は一々、茶化してくるような響きがある。不快だ。
「シロタン、僕はさっきも言ったけど、家へ帰って証拠を揃えてくるよ」
糞平はハンバーガー店の出口へ向かいながら言う。
「森本から人類半減化計画に繋がる情報を得たら、すぐに連絡して欲しい」
「わかった」
と返すと、糞平は俺の手を握り、
「無事を祈るよ」
「糞平、お前もな」
糞平は頭にアルミホイルを巻き、白ブリーフに白靴下、黒革靴の姿のままで足早に立ち去った。
「で、そこのお二人さんはこれからどうする?」
二号がまるでこの場の主であるかのように仕切っているようだ。
「俺は行かねえよ」
堀込だ。
「森本に会わなかったとしても、俺はスポーツ推薦でギリギリ大学に入れたんだ。
お嬢様の周辺を探るようなこととか、楯突くようなことは出来ない。
もしそんなことがバレたら大学に居られなくなるし、就職も出来なくなる」
堀込の表情が一瞬、曇った。
まぁ、この馬鹿にも馬鹿なりの事情かあるってところか。
「わかった。じゃあ大学へ行くとするか」
と、俺は踵を返しハンバーガー店から出る。
狭山ヶ丘国際大学へ向かうバスの停留所には数人の待機列が出来ていた。
俺と二号はその最後尾に並ぶと、遅れて西松がやってきた。
西松の頭にはアルミホイルが巻かれていて、その姿を見た待機列の学生達が何やら耳打ちしあう。
西松はそんな様子にお構い無し、毅然とした態度だ。
「僕も行くよ。
あんなものを見たからには、僕だって何もせずにはいられない」
「こういうのは一人でも多いと助かる。ようこそ」
二号は大袈裟なぐらいに喜んでる風な動きを見せると、西松の右手を握る。
二号のこの調子はなんとかならないのか。
そんなことよりも、俺は大事なことを忘れていた。
「西松よ。バスの時間にはまだ7分ほどある。
コーラの2リットルペットボトルを買ってきてくれ。
ダイエットだのローカロリーなやつじゃない、本物のコーラをな」
西松は露骨に不服な顔をした。
しかし、そんなことは関係ない。
「パーティの一員になりたいのならば、それがお前の一番最初の任務だ」
「わかったよ」
西松は不服そうだが、近くのコンビニへ向かう。
俺はそんな西松の後ろ姿に向かって、
「もちろん、代金はお前持ちでな…」
バス車内で2リットルペットボトルを飲み干した頃、バスが狭山ヶ丘国際大学の最寄りに到着した。
俺たちは長い上り坂を歩き、ようやく大学の正門前に着いた。
正門横にある警備員詰め所を覗くと、そこには森本の姿は無かった。
他の守衛に聞くと、森本は今日休みらしい。
それなら連絡先を聞いたのだが森本の電話番号を誰も知らず、家の住所を書いた紙だけ渡された。
住所を見ると森本の家は大学から遠くはないようだが、出来たら電話で済ませたい。
俺はもう一度、パリスへ電話する。
「俺だ。
森本は今日休みで出勤していないのだが、おい、パリス。森本の電話番号知っているか?」
(森本さんは電話持っていないんだよ)
「何だと⁉︎今時、そんな奴がいるのかよ。
それよりもなんでそれを早く言わないんだ」
(ごめん、シロタン)
パリスは謝ってはいるが口先だけだ。
奴のいつもの薄笑い顔が目に浮かぶ。
「今日じゅうに森本から話を聞くなら、家に行くしかないか」
(そうだね。それと森本さんの家はちょっとわかりにくい所にあるんだよ)
「森本の家に行ったことがあるのか?」
(あるよ)
「それならパリス、お前が案内しろ」
(わかった)
「10分以内に大学正門前に来い」
(わかったよ、シロタン)
通話を終了する。
パリスの家から大学まで徒歩で10分もかからないのだが、いつも奴は約束の時間を20分から1時間は遅れてくる。
俺達はパリスが来るまでの間、第三食堂で時間を潰すことにした。
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