第37話 馬のクソ、湯気が出た

 結局、俺たちは深夜になるのを待ってから青梅財団の工房へ向かうこととなった。

 深夜なら工房に配置されていると思われる警備の目を掻い潜り易いだろう、という作戦ではあるが、森本の酔いを覚まさせる為でもある。


 それまで俺たちは森本のトレーラーハウスの中で時が来るのを待つことにしたのだが、トレーラーハウス内には空のビール缶や酒瓶、コンビニ弁当の容器や使用後の避妊具等、あらゆるゴミが散乱する混沌とした様相を呈していた。

 この状況は森本の人相に相応しい。

 森本は混沌の住人ではなく、森本こそが混沌そのものである、といった感じだ。



「時は来た」


 と俺が言うと誰かが吹き出すような笑いを溢す。

 多分、二号の奴だろう。

 それはどうでもいい。今、時は午前1時を回った。出発の時間だ。

 俺たちがトレーラーハウスから出ると、その前には軽トラックが停車していた。


「さぁ、みんな乗って」


 森本は軽トラックを指差す。


「おい、待てよ。これは二人乗りだろ」


 不服そうな二号を尻目に森本は当然だと言いたげな顔をしている。


「うん 助手席に誰か座って、あとの皆んなは荷台ね」


「荷台に人を乗せたらダメなんだよ」


 と西松が言うのだが、森本はどこ吹く風といった表情を崩さない。


「幌で隠れてるから大丈夫。

 助手席に誰が乗るか、じゃんけんで決めたらいいと思う」


 森本は他人事の様に言うと軽トラックの運転席に乗り込む。

 確かに軽トラックの荷台には幌が取り付けてあって、外からは見えないのだがな。

 夜中に森本みたいな人相の男が運転しているのを警察が目撃したら、間違いなく職質してきそうなものだがな…

 しかし、背に腹はかえられぬ。

 工房へ行く道も手段も森本が握っているのだからな。


「じゃあ、じゃんけんで決めるか」


 二号が呟いた後、皆、顔を見合わせる。

 皆、荷台には乗りたくないと言いたげな表情だ。

 それも無理はない。軽トラックの荷台に大人三人は窮屈だろうよ。


 俺、二号、パリス、西松の間に緊張感がみなぎり、


『じゃんけん!』


『ぽん!』


 四人同時に掛け声が出たように思われたのだが、


「掘ったらケッツ」


 じゃんけん!ぽん!のぽんの部分で誰かが意味不明なことを言い、一同動きが止まる。

 いや、パリスだけチョキを出していた。


「掘ったらケツ?それは何だよ。今のは誰だ?」


「俺じゃないよ」


 と、西松は笑いながら言うと、二号は両方の手の平を上に向け肩をすくめ、


「俺でもないな」


 という事は、一人だけチョキを出していたパリスか?


「パリス。お前か?」


 パリスは例の薄ら笑いを浮かべ、


「俺だけど、じゃんけんってこうじゃないの?」


「掘ったらケツ、なんて言わねえよ!初めて聞いた」


 西松が笑いながら言うと、


「俺も初めて聞いたが、じゃんけんには地域ごとに違いがあるらしい」


 滑稽なぐらいに真面目腐った顔をした二号が言った。


「地域ごとに違うのか。パリスよ、お前の地元のじゃんけんはどんな掛け声をしているんだ?」


「じゃんけん掘ったらケツ、馬のクソ、湯気が出た」


 パリスのその一言に西松が腹を抱えて大爆笑する。

 あぁ確かに笑える。笑えるのだがな、心の中に引っかかるものを感じた。

 パリスは尻だけ妙にデカくて、いつもそれを強調しているかのような服装をしているのだ。

 そんなパリスが“掘ったらケツ”という言葉を吐いたことに、意味深で不穏なものを感じる。


「わかった、それは一旦置いておくとして、仕切り直すぞ。

 じゃんけん、ぽん、でやるからな。パリスよ、いいな?」


 パリスは薄笑いを浮かべながら、俺を見て頷く。

 仕切り直しだ。

 西松が笑い終えるのを確認すると、四人の間で緊張感が増していく。

 その緊張感が高まり切った時、


「じゃんけん!ぽん!」



 勝負は一回で決まった。

 西松の一人勝ちだ。


得意気な西松が軽トラックの助手席に乗り込む。


「ちょっと待ってよ!」


 西松が声を荒げたので何かと運転席を覗くと、森本はビール缶を開け、既に一本飲み干した所であった。


「何の為にこの時間までこんな所で待機してたんだよ」


 二号の吐き捨てるような言葉に同感だ。

 森本の酔いを覚ます為に、この混沌の掃き溜めみたいな森本の家で待っていたというのに…


「だっ、大丈夫だよ。おお俺は飲んでる時の方がうううまくうんててん出来るんだよ」


 森本の呂律が回っていない。


「森本さん、あんたに運転をさせたら、工房へ着く前に俺たちが警察に捕まる事になる。

 そうでなくても荷台に人を乗せて走るんだからな。

 誰か運転出来るか?」


 問い掛けに西松が手を挙げた。


「じゃあ西松が運転してくれ。

 森本さんは助手席で道案内だ」


「わかったよ」


 森本は若干、不服そうだが運転席から降り、西松と交代した。



 俺と二号、パリスが荷台に座ると、軽トラックがゆっくりと走りだした。

 荷台を覆う幌で光は運転席からの窓と後方にある覗き窓からのみ、俺はまるで影に飲み込まれたかのような錯覚へ陥る。

 しばらくすると、後方にある覗き窓から街の灯りが遠ざかっていくのが見えた。

 不吉な何かがあることを暗示しているかのようだ。

 工房には何があり、何が俺たちを待ち受けているのか…

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