第38話 走れ!豚!走れ!

 約20分ぐらい経った辺りで、荷台前方にある運転席の窓から森本が、顔を覗かせた。

森本の口が動いているのだが、窓ガラスによって遮られて声は聞こえない。


 やがて軽トラックが停車した。

 完全に停車したことから察するに、森本は工房へ着いたと言っていたのだろう。

 軽トラックの荷台から降りると、そこは街灯さえもなく周囲は闇の中、片側二車線の道路の路肩に軽トラックは停められていた。


 道路の両側は森、まさに鬱蒼とした森といった雰囲気だ。

 その鬱蒼とした森の中に不似合いなぐらいの片側二車線道路、他の車や人の通りはなく、ずっと先に見える行き止まりには白い建物がぼんやりと見える。

 荷台に乗っていた俺たちに続いて、森本と西松が軽トラックから降りてきた。


「あの先に見えるのが工房と呼ばれている施設だよ」


 そう指差す森本の姿は闇の中のせいか、かなり不気味に見える。

 それは一旦置いておくとして、俺の家や馴染みのある地元から遠くない場所に、こんな所があったとはな…

 にわかには信じ難い。

 鬱蒼とした森の中に地図の記載無い一本道、その先には青白く朧気に見える工房と呼ばれる建物。

 それは恐らく地上三階建てぐらいの建物のようだ。

 周囲の静けさや漆黒の闇と相まって、この光景に現実味が感じられない。


「工房の正門には警備がいるはずだから、車で近付けるのはここまでかな」


 と森本は言った。


「そうだな…、森の中から近づいて、様子を見よう」


 俺が提案すると、皆で森の中へと入る。

 俺たちは木々の陰に紛れて工房へと向かって行く。

 近づくにつれて、工房の全体が見えてきた。


 建物は古く、廃校になった学校か、廃病院のようにも見えるが、所々部屋の灯りが灯っていることからして廃墟ではないことがわかる。

 しかし廃墟ではなく人の気配を感じるからこそ、別の恐怖心が芽生えてきた。

 この不気味さからして、糞平が唱える人類半減化計画といった話が本当の事のように思えてくる。

 ここではどんな研究や実験が行われているのか…

 伏魔殿…、まさに伏魔殿って言葉が相応しい。


「どうやって中に入るのか、考えはあるんだよな?」


 闇の中、二号は言った。


「無い」


 と返すと、二号は露骨なぐらいに溜息をついた。


「ノープランかよ、呆れるねぇ」


 その時だ。


「ちょっと待て!」


 俺は驚きのあまり、つい声が大きくなってしまった。


「おい、静かにしろ。見つかりたいのか?」


 二号が忠告してきたのだが、そんなことはどうでもいいぐらいの衝撃だ。

 俺はその衝撃から目を離すことが出来ない。


「パリス、西松、あれをよく見てみろ」


 俺は工房を指差す。


「ええっ⁉︎」


 木々から降り注ぐ陰の切れ目に、西松の驚愕に目を見開いている顔が見える。

 一方のパリスは……、いつもの薄ら笑いか。

 パリスのそれは一旦、置いておくとして、


「あれは入間川高校だ」


 俺の言葉に西松は頷く。


「だよね、あれは入間川高校だけど…」


「こんな所にあったっけ?」


 西松の言いかけていたことをパリスが付け足すかのように言った。


「ああ…、ここではない」


 あまりの不可解さに、これ以上の言葉が出てこない。


「なんだよ、それ。ただのよく似た建物じゃないのか?」


 二号が疑問を挟むのだが、


「そんなことはない!」


 と言うと、俺は入間川高校、いや工房へ向かって全力疾走する。

 何なのか一刻も早く確かめたくて思わず全力疾走していた。

 西松とパリスも俺の後に続く。

 

 しかし何故なのか、森の中を走れども走れども、入間川高校へ近付けているように思えない。

 かと言って遠ざかっている風でも無く、距離感が変わらないのだ。

 目標が見えているのに手が届かないもどかしさ。

 これは一体どうしたことなのか…


 苦しい…

 膝の限界が来る前に、息切れがしてもう走れない。

 俺は立ち止まり、中腰になる。


「駄目だ、息を整えさせてくれ…」


「どうしたの?シロタン」


 そんな俺を覗き込むパリスは全く息切れをせず、いつもの薄笑いを浮かべている。


 「ちょっと小走りしただけで息切れかよ。太り過ぎなんだよ。痩せろよ」


 西松が明らかに俺を蔑む視線を送ってくる。

 このハゲかけの分際で!と怒号を浴びせたいのだがな、息切れで声が出ない。

 しかし、西松は“小走りしただけで”と言った。

 どういうことだ?俺は全力疾走していたはずだ。

 

 それは一旦置いておくとして、気がつくと俺たちは正門が近くに見える辺りにまで来ていた。

 そこから見えた“ある物”に、俺は思わず唖然とする。


 工房の周りには塀が張り巡らされ、正門横の塀にはプレートが貼ってあり、そこには私立入間川高等学校と書かれていた。

 さらに俺が通学していた当時のままの姿なのだ。


「やっぱり入間川高校だ、間違いないよ」


 西松はそう言うと息を呑む。


「あぁ、これは一体、何なんだ…

 まさか入間川高校の校舎をここへ持ってきたのか?

 いや、それよりもこれは本当に青梅財団の工房って施設なのか?入間川高校じゃないのか?」


 森本の奴が適当なことを言って、俺たちを連れてきただけの可能性もある。


「シロタン」


 その声は森本だ。振り返ると森本と二号が後から付いて来ていた。


「ここは間違いなく青梅財団の工房だよ。

 入間川高校の廃校跡地を利用しているって話だよ」


 森本の言葉に我が耳を疑う。


「何を言うんだ⁉︎俺は入間川高校が廃校になったなんて聞いたことないぞ。

 そもそも、ここへ移転したことさえ聞いていないぞ。西松、パリス、聞いたことあるか?」


「俺も聞いていない」


西松が頷くとパリスも頷いた。


「一体、何なんだ。

 知らぬ間に入間川高校は廃校となり、場所もいつの間にか変わり、しかも青梅財団の工房として使われているなんて」


 と言いながら、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


「確かに意味のわからない話だな」


 と二号は言うが、その顔は明らかに他人事とでも言いたげであった。

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