第44話 夜陰に泥酔男が跳ぶ
地下一階のエレベーター近くの天井が少しばかり崩れ落ちた。
二号はその落ちてくる破片を避け、
「ここも危なくなってきたな。さっさと脱出するぞ」
二号のその言葉を受け、俺たちは給食室へ向かって走り出す。
二号が先頭に立ち、給食室へと繋がる扉を開ける。
給食室の中に入ると、室内は既に崩壊が始まっていた。
落ちてきた天井が瓦礫と化し、給食室のあちこちに散乱し足の踏み場も無いほどだ。
それでも“仮面”を乗せた手押し台車を通す為に、俺たちは瓦礫を押し退けながら搬入口へと繋がる出口へ向かう。
そうしながらも断続的に爆発音が鳴り響き、揺れと共に天井が落ちてくる。
その度に西松の野郎が悲鳴をあげ、一々立ち止まるものだから苛立つ。
しかも西松の声は変声期の男子そのものだからな、その響きの不快さで余計に苛立ってくる。
こいつはいつまで変声期なのか。
永遠に変声期なのか。
苛立ちを抑えつつ、俺たちはなんとか無事に給食室を出て、搬入口へと辿り着くことが出来た。
搬入口には計画通り、森本の軽トラックが停車していた。
運転席の森本が俺たちの姿を見ると、
「はやく乗って!」
と叫び、軽トラックのエンジンを始動させる。
俺たちは“仮面”を乗せた手押し台車を軽トラックの後部荷台に近づける。
「“仮面”、立てるか?」
“仮面”は俺からの問いかけに目を白く点灯させ、
「大丈夫だよ。西松君のモバイルバッテリーのおかげで20%ぐらいにまで充電出来た」
“仮面”は機械で合成した音声で答えると台車から立ち上がる。
しかし、発見した時よりもマシにはなったが“仮面”の動きはまだまだ鈍い。
パリスが軽トラックの荷台の幌を上にめくり、俺と二号は“仮面”の脇に手を掛け、立ち上がるのを補助する。
“仮面”の重さに一苦労したが、なんとか立ち上がらせることに成功した。
「“仮面”、荷台に乗れるか?」
「うん なんとかやってみるよ」
“仮面”は俺からの問いにそう答えると、荷台に手を掛ける。
「よし、全員で“仮面”を押し上げるぞ」
俺のその言葉に二号と西松、パリスが集まる。
俺と二号は“仮面”の上腕部を掴み、パリスと西松は中腰の態勢を取り、“仮面”の尻を下から支える。
「よし、いっせーの、で行こう」
二号の声掛けに皆で呼吸を合わせ、
「いっ、せーの!」
俺たちは“仮面”を押し上げる。
同時に“仮面”は荷台の中の手摺りに掴み、電子の唸り声をあげる。
「よし、足が浮いた!」
と二号が言うと、四人掛かりで“仮面”のズボンのベルトや太腿、足の裏を掴む。
そしてなんとか、“仮面”を軽トラックの荷台へと押し込む。
「ののののせた?」
森本が運転席から顔を覗かせたのだが、顔は朱に染まり眼は真っ赤に充血していた。
森本は俺たちを待っている間に酒を飲んていたようだ。
アル中かっ、あの河童ハゲが!
「あんた、また飲んだのか⁉︎」
二号が怒鳴る。
「おおおれはのんでるほうがうまくく、うんんてんできるんだだって」
森本は完全に呂律がまわっていない。
ステアリングを握る手が震えている。
「俺が運転変わるよ!」
西松が運転席へ向かおうとした時、爆発音と共に軽トラックの前方、4〜5メートル先の天井が崩れ落ちてきた。
その衝撃は大きく、俺たちほ思わず、うずくまる。
「運転変わる余裕はない!もういい!西松は助手席に乗れ!」
二号の指示を受け、西松は顔面を蒼白にさせながら頷くと助手席へと走る。
俺たちは軽トラックの荷台に潜り込む。
全員、軽トラックに乗り込んだと同時に、森本は軽トラックを急発進させた。
軽トラックの荷台の中、前方に設置された窓から運転席が見える。
「森本の野郎、大丈夫なのか」
運転席の様子を窺い、思わず本音が漏れる。
「大丈夫じゃないよな…」
と、二号が呟いた直後、爆音が鳴り響き、車内が激しく揺れる。
かなりの大爆音だと思った瞬間、スロープの頂上付近が一気に炎に包まれ、瓦礫が雨あられの様に降ってくる。
「もう駄目だっ!出られねぇ!」
「森本っ!引き返せっ!」
俺たちの叫びを無視し、軽トラックのエンジンは唸りをあげて急加速する。
「あの河童ハゲ、特攻するつもりかっ!」
次の瞬間、軽トラックは炎の中を猛スピードで突き抜け、ジャンプした。
宙に浮き無重力を感じた直後、車内は激しく跳ね上がり揺れる。
「痛ぇっ」
軽トラックが着地した衝撃による揺れで、尾てい骨を打ちつけ、さらに仮面の鋼鉄の身体が俺の肘等に当たり激痛が走る。
しかし、俺は…、俺たちは助かった!
「森本、あんたやるじゃないか!」
二号の絶賛が聞こえたのか、森本は後方を振り返り、ニヤリと笑った。
森本は巧みなハンドル捌きで瓦礫や炎を避ける。
その様は泥酔している者によるものとは思えない。
荷台の前方と後方の窓から見える入間川高校、じゃなくて工房の敷地内は殆ど炎に包まれていた。
壁は崩れ落ち、無数の瓦礫が落ちている有様、さらにあちこちで爆発が起こる度に破片や瓦礫が降ってくる。
しかし森本が運転する軽トラックはそれらを巧みに避け、疾走して行く。
森本の酔いっぷりからして、到底信じられない事だ。
「森本の言葉は本当のことだったようだな」
と、二号は呟いた。
「そうだな…」
信じられないが、そうとしか言い様がない。
軽トラックは工房の裏門を抜け、やがて正門前の大通りへと入った。
ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
思わず安堵の溜息をつく。
けたたましいぐらいのサイレン音を鳴らした消防車や救急車が、対抗車線をすれ違って行く。
軽トラック荷台後方の覗き窓から、工房が完全に炎に飲み込まれているのが見えた。
すれ違って行った消防車は大きい車両ばかりてあることからして、大火災って規模なのだろうか。
軽トラックは小気味良く走り続け、サイレン音は遠ざかっていく。
荷台の中は三人でも窮屈だったのに四人となるとより窮屈だ。
“仮面”は大きいだけに尚更だ。
全員、体育座りをして身を縮こまらせているのだが、やがて皆、疲労感からかそのまま眠りについたようだ。寝息が聞こえてくる。
俺の心の中の緊張の糸は切れ、興奮が鎮まった今、その遠くに聞こえるサイレン音さえも心地よく感じる。
やがて俺にも強烈な睡魔が訪れた。
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