第45話 明日までに丸坊主にしてこい
風を切っていく感触。
その強く吹き付ける風によって、俺の縮毛気味の髪が後に撫で付けられる。
辺りは暗闇だ。
表現のしようのない悪臭の向こうから、何か食べられそうな物の匂いを感じる。
これは何だ?
はっきりとしない意識の中、あれこれ思う。
パンを焼く匂いだ。
何かチャイムのような音が鳴った拍子に俺の意識がはっきりする。
そうだ。ここは森本のトレーラーハウスの中だ。
俺たちは炎上する工房から脱出した後、行き場が無いことから仕方なく森本のトレーラーハウスに来たのであった。
どうやら朝が来ていたようだ。
俺は森本のトレーラーハウス、室内にあるソファーの上で眠っていた。
俺は両腕で伸びをした後、上体を起こしソファーに腰掛ける。
チャイムのような音はパンが焼けたことを知らせるトースターのものであった。
見知らぬ女がやってくると、トースターの蓋を開けパンを取り出す。
違う、見知らぬ女ではなかった。
昨日の女だ。トレーラーハウスに来た時、玄関から飛び出していった尋常じゃないぐらいに錯乱していた女だ。
森本の嫁だろうか。
森本の嫁らしき女がソファーの前にあるテーブルに皿を並べていく。
トーストしたパンが並べられた大きな皿を一枚、目玉焼きが乗った皿やサラダ、ヨーグルトを人数分並べる。
「みんな、朝ご飯が出来たよ」
森本の声だ。
森本のその一言に皆がソファー周辺に集まる。
俺以外は皆、起きていたようだ。
“仮面”は?と思い、辺りを見回すと、部屋の片隅で横たわり、充電中のようで目は消灯していた。
どうやら起動していないようだ。
「みんな、遠慮なく食べてよ」
森本のその一言に、皆はそれぞれテーブルの上に並べられた朝食を食べ始める。
「誰が食べていいと言った」
森本のその一言に皆、動きが止まる。
お前、今遠慮なく食べてよと言っただろうが、と思い森本を見るのだが、森本の視線は俺たちにではなく、女の方に向けられていた。
目の周りに青タンが出来た女の表情が明らかに狼狽えていた。
皆の視線が森本と嫁らしき女へ集まる。
森本の嫁らしき女は震える手でパンを皿に戻す。
「何でこんな事がわからないんだ!」
森本がその拳で嫁らしき女の頬を横殴りにすると、女はその場に倒れる。
『森本さんっ!』
俺と二号と西松はほぼ同時に声を上げていた。
「いいんだ。これが我が家のルールだ」
と森本は言うと、女は床に顔を伏せたまま、小声で呻き声のような声を漏らし、そのまま土下座をする。
「お前は俺が食べた後だと、何回言ったらわかるんだ!」
森本のその言葉の後、女は土下座した態勢のまま、部屋の片隅へ移動する。
「そうだ。俺がいいと言うまで正座していろ。
それとお前、明日までに丸坊主にしてこい!それと反省文も提出しろ」
と言う森本の言葉には、いつもの若干、こもってて訛ったような雰囲気は無く、毅然且つ、殺気のあるものであった。
「あんたの嫁さんじゃないのか?一緒に食べるぐらいいいだろうよ」
と二号が言った。
「駄目だよ。ああしないとすぐつけ上がるし、俺以外の男を見るとすぐ色目を使うから」
と言う森本の口調は元の訛り気味なものへ戻っていた。
森本は嫉妬深いのか…
見た目通りかもしれない。
「人の家庭の問題だからな。勝手にしろ」
と二号は言うとパンを食べ始める。
それに続き、皆も朝食に手をつけ始めた。
そうだな、二号の言う通りだ。
かなり気不味い雰囲気ではあるが、ここは森本の家だからな。森本の好きにすればいい。
それよりも起きてから、何か頭の中にイメージが湧いては消えるものがあるのだ。
朧気ではっきりとした形あるものではないのだが、何か風を切って滑って行くイメージが湧いてくる。
これは何なんだ。スケボーか?
俺はスケボーをしたことも、触れたこともないのだが…
「どこもやってないな」
そんな中、西松が呟いた。
何かと思って西松の方を見ると、西松はテレビのリモコンを手にしてチャンネルを変えていた。
「何がやっていないんだ?」
と俺は西松へ尋ねながら、テレビを見る。
古くて小さいブラウン管のテレビだ。
「昨日の工房?元入間川高校の爆発のニュースだよ」
西松はそう言いながら、ニュース番組へとチャンネルを合わせる。
「それ、本当か?」
「うん 起きてから、あちこちチェックしているけど、どこのニュースにも出てこない」
「所詮は地方のニュースだからな。全国ネットのニュースではやらないだろ」
と二号が俺と西松の会話の中に入ってきた。
「それがテレビ埼玉でもやってないんだよ」
と西松は言いながら、テレビのチャンネルをテレビ埼玉に合わせる。
番組はちょうど埼玉ローカルのニュースをやっていた。
一同、無言でニュースに見入る。
情報番組のニュースのコーナーが終わる。
一同、ニュースのコーナーに見入ったものの、工房の爆発炎上に関する報道が流ることはなかった。
「ね?やってないでしょ?」
「そんなことあるのか?大型の消防車が何台も来てただろ」
「風間、まだわからないのか?
これは青梅財団がもみ消しているんだよ」
そう言った西松の表情は恐れおののいている。
「青梅財団にそこまで権力あるのかよ」
「あるに決まってるじゃない。だって影の政府と組んで、人類半減化計画企んでるような連中だろ?」
と西松の言葉に被せるように、誰かが鼻で笑った。
まぁ…、こういうことをするのは二号だろうよ。
「だったら、ネットを見てみるのはどうだ?今の時代、何でもかんでも隠蔽なんて出来ないからな」
俺のその一言に皆、朝食を食べながらスマートフォンを片手に調べ始める。
「無いよ…、SNSにそれらしき投稿さえも見当たらない」
暫しの沈黙を打ち破ったのは西松であった。
「動画投稿サイトにも、それらしき動画はアップされていないよ」
森本だ。
「大手の掲示板のどこにも、火災や爆発についてのスレッドさえ建っていない。
やっぱり青梅財団によって揉み消されているんだよ…」
西松だ。今にも泣き出しそうな顔をし、若干震えているようにも見える。
「あの大爆発を?あり得ない…」
俺の一言以降、誰もが言葉を失う。
まるで葬式か通夜のように空気が重い。
「お前ら、そう深刻になるなよ」
沈黙を破ったのは二号だった。
声色は能天気なぐらいに明るく、さらに二号の奴、口元に笑みを浮かべている。
「火事だの事件だのが全て報道されると思っているのか?
隣が東京都だとは言え、周りには何もない狭山湖だぞ?その辺りにある某学校法人の研究施設が火事で焼けたってだけの話だ。何を恐れるのか」
と二号は言い、笑った。
「だけどネットにも」
西松が言いかけたところに
「ネットなら何でも情報が転がっていると思ってるのかよ」
と、二号は西松の言葉を遮るように言い、溜息をついた。
「お前らは陰謀論に踊らされ過ぎだ。
それよりもあいつに話を聞いた方が面白いんじゃないのか?」
と二号は部屋の片隅を見る。
その視線の先には充電中の“仮面”の姿があった。
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