第9話 絆・捻くれ者のブルース
俺はジージョさんと“仮面”に連れられ保健室へと向かった。
保健師によると擦り傷や切り傷、打撲のみで骨折はしていないという診断だったが、詳しくは明日にでも病院で診てもらえという話だった。
傷の手当てをしてもらい保健室を後にする。
昼食を食べる為に俺たちは第三食堂へと向かう。
ここ狭山ヶ丘国際大学には学食が第一から第三までの三カ所あり、それぞれの学食に棲み分けがあるのだ。
第一は学内のカースト上位者が利用し、第二は中位、第三は下位となっている。
上位者は下のランクの学食を利用出来るのだが、下位は上位の学食を利用出来ない。
決まりではないのだが暗黙の了解ってやつだ。
これを破ると自治会気取りのペヤングの取り巻き達から制裁を加えられる。
俺やジージョさんは言うまでもなく無く最下層だから第三食堂、“仮面”はカーストの枠外だから何処の学食を使っても良しとされている。
何故にカーストの枠外が存在するのかは不明だ。
多分、カースト上位者共には手出し出来ない何かも持っているのだろう。
食堂の自動ドアが開き、中へ入ると入り口付近に白杖をついて募金箱を持って立っている男がいる。
そいつの名は絆 悠絆斗。
読めないだろ?俺も読めなかったのだがな、きずな ゆきと、と読むらしい。
名前の中に絆が二つも入っててクドい。
その名の通りの奴だ。
ほぼ毎日、食堂の入り口でこいつが主催する、垢すりの里とかいうサークルの勧誘と、困っている人たちへの募金を募る乞食活動に精を出す野郎だ。
「絆君、いつも頑張ってるね」
ジージョさんはそう声を掛けると小銭を絆が持つ募金箱に投入する。
ジージョさんはなんて善意溢れる良い人なのでしょう。
まぁ、性癖は極悪だがな…
「ジージョさん!ありがとうございます!」
絆がうやうやしく頭を下げる。
上半身を45度倒す、最敬礼だ。
ジージョさんに続いて“仮面”までも募金をした。
「“仮面”君もありがとうございます!」
絆は“仮面”にも最敬礼だ。
こいつのこの白々しいぐらいの礼儀正しさに、胡散臭さが垣間見える。
「どういたしまして。
講義の合間を縫って、困っている人たちの為に募金活動なんて絆君は偉いなぁ」
「これぐらい当たり前のことだよ」
と絆は爽やかな笑みを浮かべる。
この絆って野郎は見た目も爽やかなら声まで爽やかな響きを放つ。
顔はジャニーズ系のイケメンだ。
絆の涼しげな眼差しが俺を捉えた。
俺と絆の視線が絡み合う。
まるで次はお前だと言わんばかりに俺を見ている。
いや、絆は全盲だという話だ。俺を見えてはいないのだろう。
しかし俺を見ているように感じる。
「悠絆斗くんっ!」
絆と視線を合わせつつも無視して通り過ぎようとした時、背後から複数の女の声がした。
女の集団が第三食堂へ入ってきたのだ。
俺たちはその集団に押し込まれるようにして、食堂内へと入り、絆は女達に囲まれる。
「絆君の人気は凄いね」
「そうですね」
ジージョさんへ返事をするのだが、これ以上ないぐらいの空返事だろう。
俺には募金など全く関心が無いのだ。
「シロタンは募金しないの?」
ジージョさんは俺が募金をしないのをわかってて、こういうことを質問してくる面がある。
「俺がああいった胡散臭い輩に募金なんてするわけないでしょうよ」
「そうかな?絆君のどこが胡散臭い?」
「全て。
あの爽やかで好感度高めを絵に描いたような完璧な容姿で、全盲の視覚障害者。
それでいて成績優秀な努力家、明るく前向きで素直、誰にも分け隔てなく接する姿勢。
人からの同情を得る事に特化してるみたいで、ボランティアだの福祉系サークルの主催者として完璧じゃないですか。
完璧だからこそ胡散臭い」
「ははは」
それを聞いていた“仮面”が機械みたいな音声で笑った。
「シロタンはどうしてこう、疑ってかかるような見方をするのかな」
ジージョさんのその言葉に返事のしようがない。
ただ、眩しいからだ。
俺は怠惰かつ後ろ向きな日陰者。人生で大切な何かを色々と忘れてきた人間だからな。
絆みたいな性善説が服を着ている様な、明るい陽の当たる道しか歩いていない様な輩が眩しくてたまらないのだ。
絆のような奴を見ていると、自分の怠惰さ愚かさといったものを遠回しに責められているようで、惨めな気分になる。
大体、名前からして不愉快なのだ。
絆悠絆斗だとよ。絆が二つも入っていて、絆の歳末大安売りみたいだな。
あぁ、こいつの姿どころか、名前を見ただけで全身を使った発声で最大音量の痰を吐き出してやりたくなる。
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