第10話 全裸に斜め掛け鞄

 食堂で大盛りミートソースパスタの食券を買い麺類の待機列に並ぶ。


 通り過ぎる学生の誰もが俺の姿を見て笑い、仲間うちで話の種にしている。

 それも仕方のないことだろう。

 今の俺は白ブリーフに白靴下と黒のスニーカー、斜め掛けの鞄のみだからな。

 さらに全身、傷だらけなのが異様さに拍車をかけていることだろう。

 その他の衣類は全てペヤングの取り巻き達に持ち去られたようだ。

 だから俺は今日一日、このスタイルでいなければならない。

 どこかで服を調達すれば済む話なのだか、俺のサイズである7Lとなると、電車に乗って池袋の専門店にまで行かないと売っていないのだ。

 だから帰宅までこれでいくしかない…


 受け取り口で大盛りミートソースパスタを受け取ると、食堂内の定位置へと向かう。

 この席は俺専用!というのはないのだがな。

 仲の良い者同士で集まる場所というのが大体決まってくるだろう。それだ。


 既に俺たちの定位置にはジージョさんと“仮面”、さらにもう一人いた。

 パリスという男だ。

 いつ如何なる時も胸にPARISのロゴ入りTシャツを着ている、だから通称パリス。

 パリスは高校からの同級生で俺と同じくここ、狭山ヶ丘国際大学へ進学した。

 何故か尻だけデカく、いつもそれを強調するかのようなズボンを穿いている。

 さり気ない不快感を他人へ振りまく事に特化した存在、それがこのパリスという奴だ。

 ちょっと欧米人とのハーフと言うかクォーター的な雰囲気もあるが、こいつは足が臭い。圧倒的に足が臭い。

 こいつが靴を脱ぐと強烈な臭気を放ち、異臭騒ぎになるほどのレベルだ。


「パリス、来てたのか」


「シロタン、その格好はどうしたの?」


 パリスはいつも半分ニヤけたような表情をしている事が多く、今この時もそうなのだが、それが癇に障る時がある。


「あぁ、ペヤングの取り巻き達とちょっとな…」


「あぁ、奴らのせいなんだ。災難だったね」


 詳細を言わなくてもパリスは察した。

 ここ第三食堂を使う連中の殆どが、それで察することだろう。

 パリスも取り巻きらに何度か理不尽な目に遭わされているし、俺もこれが初めてではない。


「俺なんて昨日、部室棟でシャワー浴びてたら、勝手に使うなって堀込に殴られたよ」


 パリスはそう言うと、ラーメンを啜る。

 部室棟とは、大学構内にある体育会系の部室がまとめて入っている棟の事だ。


「パリス、お前は体育会系の部活に入って無いよな?」


「うん」


「それは仕方ない事だろう」


 パリスは他人の物を勝手に使ったり、部外者立ち入り禁止の場へ平気で入る奴なのだ。

 それで注意されても反省をしない。

 翌日には注意された事を忘れているのか、何度も同じことをする。

 そう、このパリスという男は大学に登校すると必ず何処かで入浴し、いつも髪は濡れ、のぼせたような赤ら顔をしている。

 しかもこの大学構内の数箇所にある風呂場を勝手に使っているのだ。

 その割には足臭を漂わせ、夕方頃には髪を皮脂で脂ぎらせている。

 言うまでもなく、今日も入浴後のようだ。


「今日はどこの風呂に入ってきたんだ?」


「福祉学部のだよ。あそこは何も言われなくていいよ。シロタンにもおすすめだよ」


「福祉学部?それって福祉の実習で使う風呂じゃないのか?」


「そうか!だから広くて手すりがあちこち付いてるのか」


 パリスは何も考えていないようだ。


 そんな中、食堂の入り口の方角から急激に近づいてくる人の気配を感じる。


「詩郎!

ちょっとその格好どうしたの⁉︎」


 女の声だ。その声は半分笑い、半分驚きの色を帯びている。

 俺をシロタンと呼ばずに詩郎と呼び捨てにするのは、俺が知っている限りではこの世界に二人しかいない。


 高梨と高梨の妹だ。

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