第40話 大事なことだから二度言う

 耳鳴りが高周波の波動のように頭の中で鳴り響く。

 それは早いテンポで寄せては返す波のよう、それと同期するかのような痛みで頭割れそうだ。

 真っ白な視界の中、やがてその中心に何か点のようなものが見えてくる。

 その点が朧げながらも大きくなっていき、闇となり俺を飲み込んだ。


 闇の正体は穴だった。

 俺は穴の中を足から落ちている。

 いや、落ちていると言うよりも、俺一人がやっと通れる程度の狭い穴の中、全身を引きずるようにして降りているのだ。

 真っ暗な穴の中を降りて行くと、一気に視界が開けた。

 そこは大きなゴミ袋が幾つも積み上げられている場だ。



「シロタン大丈夫?」


 パリスの声だ。その声が聞こえた方へ視線を送ると、薄笑いを浮かべるパリスがいる。その横には西松。

 俺は気がつくと、ゴミ集積所のブロック塀に寄りかかっていた。

 俺は塀から離れ、ふとゴミ集積所の中を見る。

 塀に囲まれた集積所の中にはゴミは無く、その真ん中辺りに排出口のような物があった。

 校舎の見上げると、それがダストシュートの排出口であることがわかった。

 今のは何だったのか…


 現実と空想のようなものの狭間で黄昏れそうになった時、校舎の反対側の方角から巨大な音、爆発音のようなものが響き渡る。


「何?これ⁉︎何か爆発した?」


 西松の声で一気に現実へと引き戻された。

 校舎の中から非常ベルが鳴り始める。


「あぁ、二号の作戦だろう。奴は騒ぎを起こすと言っていたが、これのことだろう」


 俺は二号のことを若干馬鹿にしていたが、その認識を改めなければならないかもな。


「西松、パリス、行くぞ」


 ゴミ集積所の先に地下へと繋がるスロープが見えた。

 まだ頭痛と耳鳴りがするのだが、俺は構わずスロープへ向かって一目散に走り出す。

 

 俺はスロープの前で立ち止まる。

 スロープを降りた先は明かりが煌々と灯され、物音は聞こえないのだが普段から使われている場だと感じさせる。

 俺たちは身をかがめ、下の様子を伺いつつ降りて行く。

 

 降りるとそこは記憶と寸分違わず、かつて給食室の搬入口だった場所だ。

 給食室へ入るには大きな引き戸があり、そこの窓から身を隠しつつ中を覗く。

 室内に人の姿が無いことを確認すると、俺は静かに引き戸を開けて侵入する。

 室内は明かりが灯り、大きな机、作業台などがあり整理整頓され、綺麗にされていることから、普段からこの部屋を使っていると思われる。


「誰もいないみたいだね」


 西松が辺りを見回しながら言った。


「あぁ、ここからが本題だ。

 “仮面”はどこにいるか、どこで再調整とやらをしているのか…

 再調整とやらをするには、それなりの設備が必要なはずだ。

 そんな設備を運び込めそうな所と言えば…」


『厨房か化学実験室』


 と、三人同時に言った。

 皆、考えることは一緒だ。確かにその二箇所が妥当だろう。

 パリスが動いた。

 パリスが隣にある厨房へと繋がる扉の窓を覗く。


「誰もいないっぽいし、厨房の器具しかないよ」


 と首を横に振った。


「だとしたら化学実験室だ。

 校内の配置が変わっていなければ三階だったよな」


 俺は廊下へと繋がる扉の前へ行く。

 扉の窓から廊下に誰かいないか確認した後、静かに扉を少しだけ開ける。

 そこから顔を半分だけ出し、周囲を見回す。

 人はいない。天井を見回すが監視カメラも無い。


「誰もいない。出るぞ」


 扉を開け、廊下へと出ると西松とパリスが俺の後に続く。

 確か廊下を右に行くとエレベーターがあったはずだ。

 俺は右に向かって行く。


「ちょっと待った、風間、何を考えてるんだよ」


 西松が小声ではあるものの語気強めに言い、背後から俺の肩を掴んだ。

 俺は西松へ流し目加減の視線を送り、


「あ?何か問題でもあるか?」


「エレベーター使う気かよ?」


「当然だ」


「正気か、エレベーターには監視カメラが付いてるだろ」


「面倒臭えなぁ…」


 とは言うものの西松の言う通りだ。

 最近のエレベーターには監視カメラが付いているのが多いからな。

 仕方ない、階段を使うか…

 階段は廊下を左へ行った方だ。

 俺は仕方なく踵を返し、階段へと向かう。


 俺を先頭にして、俺たちは周囲を警戒しながら階段を上っていく。

 一階まで階段を上ったところで俺の膝が痛み始めていた。

 この170キロの体重のせいだろう。



 一階と二階の間の階段の踊場に着いた辺りで俺の膝は限界を迎えていた。

 力が入らず、膝が笑うのだ。

 一歩踏み出す度に痛みも走り、さらに足首までも痛む。

 “仮面”を見つける前に心が折れそうだ…


「シロタン、身体が重そうだね。身体が重そうだね」


 パリスだ。パリスが俺の心を見透かしているかのようだ。

 しかも大事なことだから二度言ったってやつか?

 振り向くといつものパリスの薄ら笑い顔…

 怒りで血圧の上昇を感じる。

 しかし、ここは我慢だ。この問題がひと段落ついたら、パリスの顔面へ渾身の一撃を加え、二度と薄ら笑いを出来なくしてやろう…


 パリスへの怒りを糧になんとか三階まで辿り着くことが出来た。

 そんな中、非常ベルはいつの間にか鳴りやんでいた。

 鳴りやんだということは、警備の対応が終わったということか?

 ここからは急ぐべきだな。

 俺は角に身を隠し三階の状況を確認する。

 誰もいない上に監視カメラも無い。

 青梅財団の秘密の研究施設という割には監視が甘いもんだな。

 二号の陽動作戦が予想以上の成果なのか、今のところ、警備員さえも見かけない。


「非常ベルが鳴り終わったってことはそろそろ警備員が戻ってくるかもしれない。急ぐぞ」


 俺たちは廊下へと躍り出た。

 廊下の先の方に化学実験室と書かれたプレートが見えると、俺たちは化学実験室へ向かって一目散に向かう。

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