第17話 リバース
不可解な事ばかりで俺の食欲は消え去り、かと言って大学へ行く気にもなれず、俺は家へ帰ることにした。
ダンキンドーナツのことは一旦置いておくとして、まずは父のことだ。
思い出そうとすると心の奥底が拒否するのだが、やはり父の顔が違っていたことが気になって仕方がない。
フラッシュバックした記憶の中の昭和の二枚目俳優みたいな男が俺と達也の本当の父で、烈堂は継父、という解釈が出来なくもない。
ひとまず俺の子供の頃の写真を探してみよう。
父が写っている古い写真を見れば何かがわかるはずだ。
俺は家に帰宅してすぐさま自分の部屋の押し入れの襖を開けると、押し入れの下段に入っている段ボール箱を取り出す。
その中に俺の子供の頃の写真やアルバムが入っているのだ。
段ボール箱の中からアルバムや写真の入った紙袋を探し出す。
結論から言うと、どの写真にも父は写っていなかった。
家族で撮った写真に父の姿が写っている物は一枚も無かった。
それもそのはずだ。
俺が高校生ぐらいの頃まで、父は多忙で学校の行事から家族旅行まで来たことが無かった。
写真が無いのであれば、母へ単刀直入に聞いてみるか?
[僕の本当のお父さんはどの人なの?]
とな。
しかしだな、こんな昭和のテレビドラマみたいな台詞を吐けるか?
俺は坊ちゃん刈りの子役じゃないんだ。
俺は並外れた肥満体で銀縁眼鏡を掛けたキモオタというものを具現化したような男、しかも21歳なのに中年男に思われるぐらいの容姿をしている。
俺がそんな台詞を吐けるわけがない。
他の言い回しを考えるか…
考えをめぐらせていると、母から夕飯のお呼びがかかった。
考えるのは後にして、ひとまず夕飯を食べることにしよう。
夕飯時の食卓は烈堂が俺の向かいに座る形となっている。
烈堂が正面にいるだけで緊張感が漂い、俺の血圧は高くなること間違いなしだ。
しかも今日のメインはサバと大根の味噌煮である。
これだけで血圧が二割増ししていることだろう。
サバはなんとか食べられるが大根は大嫌い、俺は野菜というもの全てが嫌いで食べられないのだ。
唯一の例外はじゃがいもだ。
野菜などじゃがいもだけで充分だろうよ。
しかし、目の前の烈堂が俺の食う物にまで目を光らせていることがあるからな、ここは急いでサバと白飯のみを食べて早々に退散する。
サバを食べ終わり、白飯を一心不乱に掻き込む。
気がつくと烈堂の視線が俺に降り注ぐ気配を感じる。
嫌な予感しかしない…
「剣道教室に通ってくる子供らは何でも[美味しい、美味しい]と言って食べるのに、何故お前はそうなのか」
家の近所に剣道教室があり、父である烈堂は有段者てあることから、そこへたまに指導に行っているのだ。
そんな所へわざわざ棒振り回して、奇声を発しに来るようなガキ共は、どうせ坊主頭の汗臭い奴らだろうよ。
そんなガキ共には繊細な味覚など無いのだ。
だから何でも喰う。腹が空いていれば何でも喰う。
体育会系っては欲に忠実だろ?食欲、性欲だの。
しかし俺は体育会系とは真逆の立ち位置にいる人間である。
烈堂は俺が体育会的な要素など持ち合わせていないことを何故理解しようとしないのか。
何故、この烈堂という男は重箱の隅をつつくような細かいことを言いたがるのか…
しかし俺には何も言えない。
烈堂の圧で反抗の芽を刈り取られているのだ。
俺は残念なことに、反抗期というものを素通りしてきた男なのだ。
反抗期というものは大事だと思う。
それが無いと俺の様な壊れた人間になってしまうのだ。
反抗期のことは置いておくとして、少しは大根に手を付けるか。
俺は大根を箸で小さく切り、その一欠片を嫌々ながら口の中へ運ぶ。
大根の苦味が吐き気を誘うから、味合わずにすぐに飲み込む。
「違う。大根のことではない。
胡瓜の浅漬けのことだ」
「え?」
胡瓜…
俺が野菜の中でも一番苦手なのが胡瓜だ。
その臭いを感じただけで腹の中のものが逆流してきそうになる。
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