第22話 だけど僕には布団が無い、ピアノも無い。

 帰りたい…

 しかし今の俺には帰る場所など無いのだ。

 しかも他に行く宛も無い。

 だったら、糞平の家にいるしかないか…

 ここにいれば少なくとも寒さは凌げるし、糞平のあれはなんとか適当に受け流せばいい…

などと自分に言い聞かせるのが虚しさを呼ぶ。


 糞平がお湯を入れたカップ麺二つと割り箸を両手に持ち、台所から戻ってきた。

 俺が畳の上に直に胡座をかいていると、糞平はカップ麺のうちの一つを俺の前に置く。


「シロタンは多分、僕のことを気が触れていると思っただろうね」


 その通りだ。

 いや、元々おかしい奴だと思ってはいたが、ここまでだとは思ってもいなかった。


「う〜ん」


 しかしそんなことは言えない。流石に言い辛い。


「いいんだよ。僕の評判はわかっているんだ。

 でもね、僕は誰に何と思われようと、影の政府がある計画を実行しようとしていることを世間に発表しようと思うんだ」


 無表情な糞平のわりには眼差しと言葉には力が篭っている。

 それだけ強い決意ってことなのか。

 だとしてもなぁ…


 3分経った。俺はカップ麺の上に乗せられていた割り箸を二つに割り、カップ麺の蓋を剥すと、早速麺を啜りながら、


「その計画っていうのは何なんだ?

 影の政府ってのは何を企んでいるんだ?」


 部屋の端、壁を背に胡座をかいた糞平は少しばかり身を乗り出し、


「シロタンも関心が湧いてきたんだね」


 と糞平は無表情だが、どこか眼を輝かせ、熱を感じる。

 それはまぁ、あんなことを言われたら関心は持つだろう。

 信じる信じないは別としてな。


「人類半減化計画だよ」


 何かと思えば陰謀論か。

 糞平らしいかもな…


「現在、世界の人口は77億人。

 このまま人口が増え続けると食糧問題や環境問題がより一層、深刻なものとなり、そうなると資源の奪い合いが始まり戦争が起こる可能性が高まる。

 既に世界各地の国々で紛争の火種が燻り始め、第三次世界大戦への緊張感か高まってる。

 いや、もう第三次世界大戦は始まってるのかもしれない。

 そんな中、新種のウイルスの世界的流行、パンデミックが起きた。

 シロタンはこの流れを偶然だと思うかい?」


 糞平はカップ麺の蓋も開けずに一気に捲し立てた。

 偶然だろうよ…、でもそんなことは言えない。


「出来過ぎた流れだと思わないか?

 僕にはこれが偶然だとは思えないんだよ。

 影の政府は国際関係の緊張感が高まってきたこの時期に、パンデミックを人為的に起こし、増え過ぎた人類を減らそうとしているんだ。

 しかもただ減らすだけじゃない。

 人類を選別し、影の政府に選ばれた人間だけ残そうとしているんだ!」


糞平は立ち上がり、


「このままだと奴らの思う壺だ。

 僕はこの集めた証拠の書類の数々をコピーして全マスコミに送る!」


 勝手にすればいいさ。

 それよりも、


「お前が本気なのはわかった。

 それよりも麺が伸びるぞ」


 俺のその言葉に糞平は我に返ったのか、胡座をかきカップ麺を啜り始める。

 俺は昨晩からほとんど何も食べていなかったせいか、カップ麺をほんの数秒で平らげていた。

 食欲は満たされ、しかも身体は疲労困憊となると、次に来るのはアレだ。


「夜からほとんど寝てないんだ。俺はそろそろ寝てもいいか?」


「そうだったね。つい話に夢中になっていたよ、ごめん」


 糞平はいつもの抑揚の無さを取り戻し、カップ麺を畳の上に置き立ち上がる。


「僕の家には布団が無いんだよ」


 糞平の言う布団という言葉に何か引っ掛かりを感じる。


「え?お前は布団無しで寝ているのか?」


「うん なんだかね、布団を買ってはいけない気がするんだよ」


「なんだ、それ。意味がわからないな。

 しかし俺も今、実家へ帰ったとしても布団が無い。

 訳あって、布団を捨てられたのさ…」


 寝糞を垂れて布団を捨てられたのだがな…


「シロタンも布団が無いのか。

 僕たちは似た者同士だね」

 

 糞平の顔を見る。

 無表情な中に何か糞平なりの温かみを感じた。


 糞平は部屋の片隅に立て掛けてあった銀色に輝く板の様な物を手に取って、俺に差し出した。

 それは段ボール箱を切り開き、表と裏にアルミホイルを貼り付けたものであった。


「これを広げて掛け布団の代わりするといいよ」


「なんでアルミホイルが貼ってあるんだ?」


「影の政府による電磁波攻撃を防ぐ為だよ。

 アルミホイルは電磁波攻撃から身を守ることが出来るんだ」


「部屋のあちこちにアルミホイルが貼ってあるのも同じ理由か?」


「そうだよ」


 やっぱり糞平は糞平だ。

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