第34話 小指の爪だけ伸ばす奴

「今日は朝から何かがおかしかったんだ」


 糞平は無表情ではあるが、神妙な表情を浮かべているように見える。


「朝食を持ってくる監視員が小指の爪だけ5センチぐらい伸ばしているんだ。それは一人の監視員だけじゃなくて、皆なんだ!

 監視員全員が小指の爪だけ長く伸ばしているんだよ。

 僕はそれがどうしても気になって監視員に何度もそのことを聞いていたら」


「監視員が水晶化して砕けたんだろ?」


 二号が糞平の言葉を遮るかのように口を挟んだ。


「そう、その通り。

 それでこれは緊急だ、影の政府の計画がついに始まったということをシロタンに知らせたくて、僕はなんとか施設から脱走したんだ。

 だけど街へ出たら普段の半分ぐらいしか人がいなかったんだよ」


 堀込と西松は糞平の話に聞き入っているのだが、二号だけは薄笑いを浮かべている。


「僕はここへ来る前に、所沢駅前で道行く人達へ影の政府の人類半減化計画が始まっている、頭にアルミホイルを巻けば命は助かると訴えたんだけど、誰も聞く耳を持ってくれなかった」


 糞平は溜息を漏らした後、急に俺を見つめてくる。その視線は熱い。


 「それよりもシロタン、君が無事で良かったよ」


 と言った糞平の瞳はどこか潤んでいるように見えた。

 糞平が右手を差し出してくる。

 拒否する理由が無いから、その手を握り返すと、右手から糞平の熱を感じる。

 俺は糞平の言う人類半減化計画を信じているわけではなく、ただ否定をしなかっただけなのだがな。


「感動的なシーンじゃないの」


 二号は薄笑いを浮かべ、その声色は明らかに糞平を茶化している。

 まぁ、二号が茶化す気持ちはわからなくもないのだがな…


「その感動的なシーンは大概にして、これからお前らはどうするんだ?

 このまま、さっき見た出来事を見なかったことにして生きていくのか?」


 二号は皆に問い掛けた。


「僕はこれから家へ帰って、人類半減化計画の証拠をマスコミへ流出させる」


 糞平は無表情なりの真っ直ぐな瞳で二号の質問に答えた。


「俺は…」


 堀込はそう言うと口をつぐみ、西松と“どうするか?”とでも言いたげに目を見合わせる。


 俺はどうしたものか…


「風間、あんたはどうするんだ?」


 二号からの問い掛けに思いを巡らせる。

 あぁ、そうだ。俺には気にかかって仕方のないことがある。


「俺はまず、“仮面”の行方を追う」


「あの鉄仮面被ってる奴のことか」


「そうだ。二号、お前はさっき“仮面”は戻ってこないとか、戻ってきても俺のことを忘れているかもしれないって言ったよな?

 その根拠は何だ?お前は何か知ってるのか?」


「俺の憶測に過ぎないんだがな。

 ペヤングの背後にいる連中の噂を聞いた事があるか?」


「無い。どんな噂だ?」


「あの女が言ったところの法人というのは学校法人、青梅財団のことだ。

 知ってるかもしれないが、狭山ヶ丘国際大学の運営元でペヤングはそこの理事長の孫娘。

 この青梅財団には噂がある。

 東京都青梅市の山奥に研究施設を持ち、何やらやばい研究だの政府の裏の研究等を一手に引き受けているという噂だ。

 あの様子だと“仮面”って奴は青梅財団の物かもしれない。だとしたら、ただでは戻って来ないんじゃないかという俺の憶測だ。

 理事長孫娘の取り巻きのお二人さんこそ、その辺りに詳しいんじゃないの?」


 堀込と西松の顔は青ざめていた。


「青梅財団…、俺は何も知らないが。風間、財団のことについては何も聞いていなかったことにした方がいい。

 家族ごと消されるぞ」


 堀込の言葉に西松も頷く。


「家族?俺にはもう家族などいない…」


 そうさ、俺はそれまでの自分を捨てて家を出たのだ。

 家族などいないも同然…



「全て繋がった」


 糞平の一言に皆の視線が糞平へ集まる。

 糞平は異様なぐらいに目を爛々とさせていた。


「僕も青梅財団の黒い噂を耳にしていた。影の政府による人類半減化計画に青梅財団が関わっているんじゃないかと疑いを持っていたんだ。

 青梅財団への疑念が確信へと変わった。

 城本君も本当は影の政府の陰謀を追っているんじゃないのか?」


 二号はおどけた風に肩をすくめる。


「やめてくれよ。俺はただ、聞いた噂を話しているだけで、信じているとは一言も言っていないぞ」


 二号は悪戯っぽく笑う。

 そんな二号の調子に糞平は露骨にむっつりとする。

 糞平のことは一旦置いておくとして、


「堀込、西松。ペヤングの言っていた“工房”って何の事か知っているか?」


「俺達はお嬢様の大学外のことまでは知らない」


 と堀込が答えると、西松も頷く。

 ペヤングの取り巻きは所詮、末端ってことか。


「それなら二号、お前は何か工房について知ってることはないのか?」


「俺も知らないな」


 二号、こいつは知っててとぼけているように見えるのだがな、問いただしても無駄なきがする。

 それならどうする、“工房”について何か手がかりはないのか?

 それなら奴だ。奴なら大学内を必要以上にうろついている。

 何か知っているかもしれない。

 

 俺はスマートフォンを取り出し、連絡先から奴の電話番号をタップする。

 呼び出し音を20回ほど鳴らすと奴が電話口に出た。


(もしもし)


 パリスだ。奴はいつも20回は鳴らさないと電話に出ない。


「おい、パリス。お前は今どこにいる?」


(シロタン?家だけど)


「家か、まぁいい。お前は工房って場所がどこにあるか知っているか?」


(工房?)


「あぁ、そうだ。大学の施設かもしれないんだが)


(うーん 知らないな)


 パリスでさえも知らないか…


(そういう話なら俺よりも森本さんの方が詳しいと思う)


「森本?」


「森本って、あの森本か?」


 俺とパリスの通話を聞いていた二号が口を挟む。


「森本ってどの森本だよ?」


(守衛の森本さんだよ)


「守衛のおっさんなら何人かいるが、どれが森本だよ?」


(髪長い人)


 確かに守衛のおっさんで髪長いのがいる。

 あれが森本っていうのか。

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