第24話 屈折する馬鹿クズの拘束と絶叫、そして病院から来た白衣の男ら

 狭山ヶ丘国際大学の図書館は本館の隣にあり、なかなかの大きさで豪華な作りとなっている。

 一棟丸ごと図書館になっていて、かなりの蔵書数らしいのだが、この四流の大学の学生には無用の長物だ。

 その図書館の入り口前に警備員が二名立っており、俺たちの姿を見るとその二名は駆け寄ってきた。


「ここで少々、お待ちいただけますか?」


 警備員のうち一人が俺たちの前に立ちはだかり、もう一人はスマートフォンを取り出し通話し始めた。


 糞平の眼差しが鋭くなる。


「どういうことですか?」


「お嬢様からの指示です」


 糞平からの問いかけに警備員が答えた。

 ペヤングからの指示だと?

 これは何かある…、ペヤングはさっきも俺たちを引き留めようとしていたからな。

 俺は糞平の背後に付き小声で、


「ずっと大学に来ていなかったお前は知らないだろうが、この“お嬢様”ってのが厄介な奴だ。嫌な予感がする。

 ここは引き返した方がいいかもしれない」


「シロタンがそう言うなら引き返そう」


 俺たちは踵を返したのだが、すでに時は遅かった。

 ペヤングとおそらくその取り巻きの一団が駆け足で俺たちを追ってきていたのだ。

 そのペヤングを筆頭にした一団は俺たちの前に立ちはだかる。


「ペヤング、今日は何の用事だ?」


「風間さん、今日はあなたじゃないの。

 それと私はペヤングじゃなくて、青木安子!

 草平さん、今日はあなたに用があるの」


 草平?今、ペヤングは糞平に向かって草平と呼んだ。

 もしかして糞平は草平って名前だったのか、知らなかった。


「草平さん、あなたは病気なの。

 病院へ帰りましょう!」


 糞平が病気?


「僕は病気じゃないっ!」


 糞平が突然、語気を荒げた。

 その強い調子に思わず糞平の顔を見ると、目は見開かれ怒りに燃えたぎる、そんな雰囲気を放っていた。


「草平さん、あなたの親御様から見つけたら即身柄を確保してくれと依頼を受けてるの。

 あまり手荒な事はしたくないから、ここは素直に」


「僕は病気じゃないんだ!」


 糞平はまさに“取り付く島もない”そんな感じにペヤングの言葉を遮った。

 ペヤングの話に同意なぞしたくないのだがな、糞平のあの様子を思うと病気だってことも頷ける。

 しかしなぁ…


「シロタン!僕は病気じゃないんだ!

 信じてくれっ!」


「おっ、おう…」


 だなんて同意したがなぁ。


「仕方ないわね」


 ペヤングが周りの取り巻き達に目配せすると、野球部の堀込がペヤングの前に立つ。


「糞平、お嬢様のご厚意がわからないのか?」


「僕は病気じゃない!あんな所には帰らない!」


「仕方ない。糞平を捕まえろ」


 堀込がその一言を発した後、堀込を筆頭に取り巻き達が糞平に襲いかかった。

 取り巻き達は糞平の元に殺到し、6〜7人がかりで糞平を抑え込もうとしたのだが、ここで糞平は信じられない力を発揮した。

 糞平は取り巻き達をちぎっては投げちぎっては投げ、一人ずつ投げ飛ばしていく。

 火事場の馬鹿力ってやつか?

 糞平にこんな力が隠されていたとはな。

 何度も取り巻き達は糞平を取り押さえようとするのだが、糞平の火事場の馬鹿力の前では全く歯が立たない。

 これならペヤングと取り巻き達から逃げられると思い始めた時、遠くから救急車のサイレン音が聞こえてきた。

 その音は急激に近づいてきて、何秒もしないうちに救急車はこの大学の図書館の前に到着する。

 救急車の後部ドアが開き、見るからに屈強そうな体格の救急隊員三名と年齢は50代ぐらいの男女が降りてきた。


「善平さん!病院へ帰りましょう!」


 50代ぐらいの男女の女の方が糞平へ呼びかけた。


 「父さん!母さん!」


 糞平の表情に一瞬、迷いが見えた。

 この上品そうな50代の男女はどうやら糞平の両親のようだ。

 糞平は本名、草平善平というのか。


「善平、お前は病気なんだ!治療が必要なんだよ!」


「父さん!僕は病気なんかじゃない!みんな影の政府に騙されてるんだ!」


 糞平の父とされる男が救急隊員に向かって頷くと、三名の救急隊員はしなやかな動きで糞平との距離を詰め、取り囲む。

 この救急隊員は慣れている。ペヤングの取り巻き達とは違う。動きに無駄がない。

 糞平が一人の救急隊員に掴み掛かろうとした時、その救急隊員は糞平を交わしつつ、目にも留まらぬ速さで糞平を地面に倒し、あっという間に糞平を制圧した。

 糞平は組み伏せられながらも必死に抵抗するが、三名の救急隊員は手慣れた仕草で糞平に拘束衣を着せる。

 救急隊員は糞平に猿ぐつわを付けようとするのだが、糞平は抵抗する。


「シロタン!僕は病気じゃないんだ!

 君だけは僕を信じてくれ!」


 糞平の必死の抵抗を俺は呆然と眺めているしかなかった。


「シロタン!シロタンっ!」


 糞平が必死の形相で俺の名を叫ぶ。

 “病気”ということで、ここまでして無理矢理病院とやらへ連れて行くものなのか?


「シロタンっ!僕が戻らなかったら、君がっ、君が証拠を」


 と言いかけたところで糞平の口に猿ぐつわが嵌められた。

 糞平は言葉にならない叫びをあげながら、救急車へ無理矢理乗せらた。

 救急車ほ救急隊員と糞平の両親を乗せ、サイレンを鳴らし走り去った。

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