第47話 らしくもないぜ

「青梅財団は人間兵器まで作って何を企んでいるんだろう」


 そんな中、西松が呟いた。


「そうだ、“仮面”。あんたは青梅財団の人類半減化計画ってやつを知っているか?」


「知らないな。僕の脳と補助脳のデータには入っていない。

 ちょっと誰かスマートフォンを貸して」


 西松が自分のスマートフォンを“仮面”へ手渡す。

 “仮面”は胸の補助脳にUSBケーブルを挿し、その反対側の端にある端子を西松のスマートフォンへ差し込む。


「何をやってるんだ?」


「ハッキングだよ」


 俺からの問いに“仮面”は当然かのように言い放つ。


「お前はそんなことまで出来るんだな」


「まあね」


 と“仮面”が言った後、“仮面”の眼が緑色に点滅し始める。

 数秒と経たぬうちに“仮面”の眼は元の白色の点灯状態へ戻る。


「駄目だ。監視が厳重で、僕にはアクセスする権限さえもない」


 “仮面”はそう言った後、USBケーブルを取り外し、スマホを西松へ返した。


「そう簡単にはいかないってことか」


 と言いつつ、思わず溜息が漏れるのだが、“仮面”にはまだ聞きたいことがある。

 気を取り直し、


「“仮面”は青梅財団についてどこまで知っているんだ?」


「僕が知っていることと言えば、公式に発表されていることと、青梅財団は世界平和の為、人類進化の為の研究機関というのを建前にして、僕を作りだしたことぐらいだよ」


 “仮面”の返答は若干、肩透かしであった。

 自分の身体を改造した連中のことを、ここまでしか知らないなんてことは有り得るのか…

 本人がそう言うのであれば、その言葉を受け止めるしかないのか。

 ならば、


「人類進化の為ってのが意味深だな。

 中にいる職員のことは知らないのか?」


「職員の顔は覚えているけど、互いを名前で呼び合うことをしていなかったから知らないんだよ。

 多分、僕が何か知ったとしてもメンテナンスの時に消していると思う」


「記憶を消されているのか…」


 “仮面”は記憶を操作されている、その言葉で一気に陰鬱な気分になってくる。


「それなら、“仮面”の記憶の中で一番、古いものって何?」


 パリスだ。珍しくパリスが口を挟んできた。


「うーん 何だろう」


 “仮面”の眼が青へと変わり点滅し始めた。

 思い出し中ってところか?


 “仮面”は無言で眼を青く点滅させている。

 さっきのハッキングの時はものの数秒だったのが、青点滅させて3分以上は経過した。

 長い、長すぎじゃないのか?

 しかも眼の青点滅が微妙に紫に見えてきた。


「おい、“仮面”、どうした?」


 と俺が声を掛けるが“仮面”は無言だ。


「おい!どうした⁉︎」


 と次に俺が声を掛けた時、“仮面”の眼が真っ赤に点灯した。


「これはまずいぞ!」


 と俺が叫ぶが先か後か、鼓膜を押し潰してくるかのような大音量の電子の重低音が鳴り響く。

 俺は咄嗟に両手で両耳を塞ぐ。

 この爆音は“仮面”の電子の咆哮であり、前に“仮面”がジージョとヅラリーノへ掴みかかった時と同じだ。

 “仮面”は電光石火の勢いで、一番近くに居たパリスに掴みかかり、パリスの喉笛を鷲掴みにした。


「やめろ、“仮面”!」


 “仮面”は歪んだ電子音を発しながら、パリスの喉笛に右手の指を食い込ませていく。


「“仮面”っ!やめろ!パリスを殺す気か⁉︎」


 俺は“仮面”とパリスの間に入り、その右手をパリスの喉笛から外そうとする。

 二号も“仮面”の右手を掴む。

 しかし“仮面”はやはり改造人間だ。二人掛りでもびくともしない。


「“仮面”、手の力を弱めてくれ!パリスは敵じゃない、味方だ!」


「そうだ、“仮面”!落ち着くんだ!」


 俺と二号は何度も“仮面”へ呼び掛ける。

 その甲斐もあって、“仮面”の右手の力が弱まってきた。

 俺と二号はやっとの思いで“仮面”の右手をパリスの喉笛から引き剥がすと、やがて“仮面”の眼は元の白色の点灯状態へ戻っていく。


 “仮面”は力なくその場にしゃがみ込み、肩を落とした。


「僕はまた…、人を傷付けようとしてしまった…」


 “仮面”の眼の白い光が鈍くなる。


「気休めを言うつもりはないが、パリスは死んでいない。それでいいとしておこう」


「そうだ。お前が脳改造ってのをされていたら、とっくにパリスを締め殺していただろうよ。

 “仮面”、お前は自分に打ち勝ったんだよ」


 俺の言葉の後に二号が付け加えるかのように言った。

 まぁ、物は言いようだ。


「パリス君、ごめん」


 “仮面”は眼を白く点滅させながら、パリスへ向かって深々と頭を下げる。


「うん いいから」


 パリスは薄笑いを浮かべ、首をさすりながら言った。


 “仮面”のあの様子から察するに過去に何かあったのであろう。

 しかしそれを思い出そうとすると暴走する。“仮面”の過去には触れない方がいいのかもしれない。


 緊張感を解きほぐすわけでもないが深呼吸をする。

 数回に亘り深呼吸を繰り返すと、次第に冷静になってきたせいか、急に森本のトレーラーハウス内の悪臭が鼻についてきた。

 俺はたまらず、一旦トレーラーハウスの外に出る。


 その直後に二号も外へ出てきた。


「やれやれ、だったな」


 二号は開口一番、そう言いながら上半身を伸ばし、ストレッチのようなことをし始める。


「あぁ、まさにやれやれだったな。

 “仮面”には過去を思い出させることを言わない方がいいかもな」


「そうだな。しかし、そこに“仮面”にとって大事な何かがあるのかも知れない」


「そうだな」


 と俺は呟いた。

 二号の言葉に同感であるのだが、今はそこまで考える余裕がない。

 色々な事があり過ぎて、思考停止したい気分だ。



「二号の言う通りだったな」


「俺が何か言ったか?」


「“仮面”が連れていかれた時、次会う時は俺のことを覚えていないかもしれない、みたいなことを言っただろ?」


 俺のその言葉に二号は笑みを浮かべる。


「覚えていないな」


 と両方の手の平を上に向け、肩をすくめた。二号のいつもの仕草だ。


「あの時、お前のあの一言が無かったら、俺はここまでしていなかった」


「やめろよ、そういうの。一号よ。


 らしくもないぜ」

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