第5話 ドナドナ

 多勢に無勢だ。

 俺は講義室から追い出されるようにして、廊下へと連れ出された。

ジージョさんはペヤングの取り巻き達の輪の外で狼狽えるだけでどうにもならない。


「おら、歩け!」


 誰かが俺の尻を蹴飛ばす。

 俺は並外れた肥満のせいか、打撃への耐性は割とある。とくに尻はな。

 しかし俺は太ってはいるがガラス細工のような繊細君だ。

 誰かを拳で思い切り殴った事がなければ、喧嘩らしい喧嘩をしたこともない。

 俺には抵抗する術が無い。

 しかも心が最初から折れた状態だ。

 奴らになすがまま、蹴飛ばされ殴られている。

 次第に俺の心は恐怖心に支配され、抗う気も失せていた。

 ただ今はこの嵐が早く通り去る事を願うのみ。

 そうだ、俺は昔からこうしてイジメに耐えてきたのだ。

 あぁ、俺は無力なイジメられっ子さ。



「ある晴れた 昼さがり いちばへ 続く道〜」


 ペヤングの取り巻き達の誰かが歌い始めた。

 多分、西松だ。あの声変わり期間みたいな不快な声は西松に違いない。


「荷馬車が ゴトゴト [子豚]を 乗せてゆく〜」


 ドナドナだ。

 しかも子牛の部分を子豚へ変えている。

 さらにそこを強調して歌ってやがる。


「醜い[子豚]売られて行くよ〜

悲しそうなひとみで 見ているよ〜」


 大合唱が始まった。


「ドナ ドナ ドナ ドナ 〜

[子豚]を 乗せて〜

ドナ ドナ ドナ ドナ 〜

荷馬車が ゆれる〜

ドナ ドナ ドナ ドナ 〜

[子豚]を 乗せて〜

ドナ ドナ ドナ ドナ 〜

荷馬車が ゆれる〜」


 子豚の所になると、取り巻き共から一斉に殴られ蹴られる。


 廊下には他の学生や大学の職員もいるのだが、誰一人として俺への暴行を止める者はいない。

 それだけペヤングは権力者なのだ。


 大合唱は何回も繰り返され、俺はされるがままに校舎の裏へと誘導される。

 そうだ、俺は市場へ連れられていく子牛ではない。

 刑場、屠殺場へと連れられていく豚だ。


 校舎の裏のちょっとした空き地に来ると大合唱は終わり、俺を中心にして取り巻き達が輪になる。


「風間を裸にしろ!」


 堀込の怒号に血の気が引く。

 思わず尻に力が入る。


 取り巻き達が一斉に俺に襲い掛かってきた。


「やめろ、お前ら!」


 貞操の危機を感じた俺は全力で抵抗するのだが、やはり多勢に無勢、戦いは数なのだ。

 俺はあっという間に上着を剥ぎ取られ、地面に叩きつけられ仰向けで組み伏せられると、取り巻き達が俺の手足を抑える。

 西松が俺の腹の上に馬乗りになり、俺の銀英伝Tシャツの首元を両手で掴む。


「豚がなんで服なんて着てるんだ?」


「西松っ」


 俺は身をよじらせ抵抗するのだが、虚しくも生地の裂ける音が首元から腹へと続き、胸元が外気に触れ一気に寒さを感じる。

 銀英伝Tシャツは西松の手によって無理矢理に破かれ剥ぎ取られた。


「これはお気に入りか?」


 西松は嬉しそうに俺の銀英伝Tシャツを引き裂く。

 見せつけるかのように細かく引き裂いていく。

 西松の野郎…


「西松、シャツはもういいから、次はズボンだ」


 堀込の指示は俺をギロチン台に乗せるに等しい。


「わかった!」


 西松はTシャツの残骸を捨てると、今度は俺のズボンのベルトに手を掛ける。


「やめろ!西松!」


 俺は激しく身をくねらせ、阻止しようとするのだが、ベルトは外され、ズボンを一気に膝下までずり下ろされた。

 今の俺は断頭台に乗せられ、台の穴の中に首を突っ込まれたも同然だ。


 取り巻き達が一斉に哄笑を上げる。


「お前は未だに白ブリーフを穿いてるのかよ!童貞かぁ?」


 堀込が顔を真っ赤にして笑う。


 あぁ、俺は童貞さ。年齢=童貞でプロの経験も無い本物の童貞だ。


「堀込君、こいつ、股間にデッカい黄色い染みまであるよ!」


 西松だ。

 こいつの声は一々、癇に触る。


「何がおかしい、これは白ブリーフ愛用者の避けては通れぬ道、宿命だ」


「だとしてもこの黄色い染みは大き過ぎるんだよ!何日同じブリーフ穿いてるんだよ⁉︎」


「忘れた」


 俺の一言に周囲が騒然とした。

 俺は臭いだの汚いだの醜いだの糞デブだの豚だの囃し立てられる。

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