第30話 電子の咆哮は可聴領域を超えて

 俺の周囲の時の流れが緩慢に見える。

 背中越しに何かが潰れる感触と共に、俺の身体は床に叩き付けられた。

 その刹那、時の流れが元に戻る。

 叩き付けられた衝撃で全身に痛みが走り、思わず呻き声を漏らす。


 俺は“仮面”の常人離れした力によって吹っ飛ばされ、近くにあったテーブルへ背中から突っ込んだようだ。

 テーブルは俺の体重によって真っ二つに割れた。

 幸いなことにテーブルがクッションのような役割を果たし、身体へのダメージは少なく済んだが、それでもこの衝撃で身体が思うように動かせない。

 息がつまり、上手く呼吸出来ない中、俺はやっとの思いで上体を起こす。


 この時、俺の中で何かが弾けた。

 俺はこれと似た経験をしたことがある。

 この全身に受けた衝撃、痛みには覚えがある。

 これは何だ?


 それにしても俺の体重170キロを簡単に突き飛ばす“仮面”のパワーは驚異的だ。

 “仮面” は言葉として認識出来ない、歪んだ電子音の叫び声をあげる。

 その耳をつん裂く爆音はテーブル上の食器類を揺らす。

 “仮面”は電光石火の速さで突進し、鉄兜の喉笛を片手で鷲掴みにした。


「何するんだよっ!俺はお前に何もしてねぇよ!」


 鉄兜の一言に“仮面”は聞く耳を持たない。

 “仮面”はそのまま、軽々と鉄兜を片手で天高く持ち上げた。

“仮面”の指が鉄兜の喉笛に食い込んでいく。

 急激に鉄兜の顔色が土気色へと変わっていく。


「離してくれっ!苦しいっ!」


 “仮面”の周りには人だかりが出来ていた。

 皆、それぞれが“仮面”を落ち着かせようと言葉を掛けているが焼け石に水だ。


「なぁ、頼むから離してくれよ!お前を縛ったりしねえって!」


 鉄兜のその一言に“仮面”が電子音で叫ぶ。


[嘘を言うな!]


 電子音のノイズの中、“嘘を言うな”とだけ聞き取れた。


「助けて助けて助けてくれーっ!」


 鉄兜の懇願をかき消すかの如く、より巨大な電子の咆哮がハンバーガー店店内に響き渡る。


「なんだ、これは⁉︎」


 その音量は今までに聞いたことがないぐらい凄まじく、耳の奥に痛みを感じる。これは鼓膜が破れるんじゃないのか⁉︎

 俺は思わず両手で耳を塞ぐ。


 鉄兜はこのまま“仮面”の手によって、締め殺されるか、並外れた握力で首を握り潰されるのが先か、それとも俺の鼓膜が破れるのが先か。

 首を握り潰されるのが先かに見えた時、“仮面”は鉄兜を人だかりの中へ叩き付けるかのように投げつけた。


 巨大な電子音は鳴り止み、静寂が訪れる。

 鉄兜は人だかりごと吹っ飛ばされていた。

 少しの静寂の後、堰を切ったようにハンバーガー店店内は悲鳴や怒号で騒然となる。

 誰かが救急車を呼べと叫ぶ中、別の誰かが[お嬢様を呼べ]と叫んだ。

 ここでもまたペヤングか!


 “仮面”は膝を付き、俯いて激しく肩で息をしている。

 俺は“仮面”にかけ寄り、


「“仮面”っ!店を出るぞ!」


「シロタン…」


 “仮面”の目から放たれる光は元の白に戻り、声も元の調子を取り戻していた。


「シロタン、僕は人に危害を加えてしまったのか?」


 “仮面”はうなだれ、電子の音声はどこか涙声のように聞こえる。


「ああ、でも死んではいない!

 それよりも逃げるぞ。誰かがペヤングを呼びにいったからな。

 面倒なことになる前にここを去るぞ」

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