第32話 水晶の煌めき
“正義の実行”、無意識のうちに出た俺の言葉に、堀込と西松は思ってもいなかった反応を見せた。
二人とも何か考え事をしているかのように沈黙し始める。
沈黙は堀込と西松の二人だけではなかった。
ペヤングの取り巻き達、ハンバーガー店の店員と客達も同様だ。
いや、ただ沈黙しているだけではない。
まるで時が止まったかのように店内の全てが制止しているのだ。
ハンバーガーを食べようとする者、カウンター内で調理する店員、会計をする客と店員、テーブル席で向かい合わせに座り談笑していたカップル、全ての人やものが固まっている。
時間が止まったかのような状況の中、何か小さな物音が聞こえたことを俺は聞き逃さなかった。
それは何か硬いものに亀裂が入ったような音だ。
その音はハンバーガー店店内のあちこちから幾重にも連なり聞こえてくる。
何事かと視線を店内に巡らす。
隣にいる城本が鼻で笑ったかのような吐息を漏らす。
思わず城本の顔を見ようとした時、その城本の向こうにいたペヤングの取り巻きのうちの一人に目を奪われる。
その取り巻きの一人は急激に生気を失った。
そして生気を失うだけでなく、次第に髪の毛から服まで全ての色を失い、急激に透明へ近づく。
完全な透明、まるで水晶で出来た人の彫刻になった瞬間、全身が砕けるようにして弾け、飛び散る。
その細かな無数の破片は煌めきながら跡形なく消えた。
あぁ、俺はこの光景に見覚えがある。
ダンキンドーナツ跡地でコマを見つけた日の夜、それと同じ物が自宅の押し入れから出てきたのだ。
その押し入れから出てきたコマも透明となり飛び散った。
この事象は俺を驚かせる間を与えずに繰り返される。
このハンバーガー店店内にいる人が、次から次へと透明となり跡形なく飛び散っていく。
俺の正面に立っている堀込は目を見開いたまま固まり、西松は腰を抜かし、その場にへたり込む。
「これは何なんだよ…」
堀込はそう呟いた。
堀込はどうやら透明化しないようだ。
同時に何かアンモニアの様な臭いが立ち込めてきた。
見下ろすとその臭いが何なのかがわかった。
西松だ。
西松が失禁したのだ。
西松の失禁した尿の臭いにむせ返りそうになった時、あの亀裂音がした。
次は誰だ?
堀込ではない。
西松でもない。
隣にいる城本も顔色を変えず突っ立っている。
…だとしたら、俺か、俺の番か…
自分の掌を見る。
透明になっていない。
ほっと胸を撫で下ろす。
「あっ」
西松だ。
へたり込む西松が声を漏らすと再び亀裂音がした。
すると西松の顔にひび割れが走る。
西松も砕け散るのか…
違った。ひび割れたのは西松の顔の表面の化粧だけだった。
西松の顔の化粧がひび割れ砕け落ちたのだ。
西松は狼狽え、割れ落ちた化粧を拾い集め、それを顔に貼り付けようとする。
「紛らわしい奴だな。この馬鹿が。そんなことしてる場合かよ」
堀込はそんな西松の様子を見て、吐き捨てるかのように言った。
店内を見回すと、透明化して崩壊しなかったのは俺と城本、堀込と西松の四人だけのようだった。
店内にいた他の人間は全員、跡形なく砕け散ったようだ。
堀込もこの状況を確認するかのように見回す。
「風間、これはお前がやったのか?」
と堀込が言った。
「俺がこんなこと出来るわけがないだろう」
俺と堀込は城本へ視線を送ると、城本は両方の手のひらを上に向けて肩をすくめた。城本もわからないと言いたいのだろう。
「何なんだよ、これは」
すすり泣き混じりに西松が呟く。
俺は既にこの事象を経験したことがあるのだがな、まさか人が、それも多くの人があっという間に透明化し砕け散るとは思いもよらなかった。
コマのことを言うべきか?言うならば、どこからどう説明すればいいのか…
思いを巡らせている中、今度は大きな物音がこの静寂を打ち破った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます