5
東原さまのお腹にいた生き物は虫に似ているけど、本当は虫じゃなくて、異星の生き物よね? ということは私も、異星の生き物なんじゃないの?
ここには――少なくともこの劉家のお屋敷には、私の仲間なんて一匹もいないのよ――。
絶望の気持ちが込み上げてきた。でもすぐに連貴さんのことを思い出した。連貴さんのところに行こう! 彼女なら私を助けてくれるかも!
そして……私をこの虫の故郷の星に送り届けてくれるかも……。
私は異星の生き物として生きていくんだ……。私はとぼとぼと、というか、かさかさと、連貴さんの部屋を目指した。
異星の仲間たちは私を受け入れてくれるだろうか。私は異星で何をするのか――そうね、今と同じような召使の仕事ならできるかもしれない。そうしたらひょっとすると、そこにはお嬢さまみたいな方もいるかもしれないし、私は異星人のお嬢さまにお仕えして、生きていくことにしよう……。
私は力なく歩く。と、そこに声が聞こえてきた。
お嬢さまの声だ! 聞き違うことのない、お嬢さまの声!
「小玉」
お嬢さまが私を呼んでる! 私は声のするほうへ、大きく跳躍した。続けて、秋華さまの声も聞こえてきた。
「買い物にでも出かけてるんじゃないの?」
「そんなことないわよ」再びお嬢さまの声。「小玉は朝はまっすぐ私のところに来て、どこかへ出かけるときは必ず一言言っていくもの。それに他の使用人たちにきいても、誰も小玉の行方を知らない、って……。そんなことないでしょう? 小玉が誰にも何も言わず、どこかに行ってしまうなんて」
二人がこちらへやってくる。お嬢さまの声に、必死さがにじんでいるような気がする。ひょっとしてお嬢さま、私を心配して、私のことを探してくれいるの?
嬉しくなって、力が込み上げてきた。私はまた跳躍する。お嬢さま! 私はここよ! でもすぐにひどい現実にぶち当たってしまった。私は今、虫の姿なのだ。
お嬢さまは私を見ても私とはわからない。ただ、コオロギがぴょんぴょんとびはねてるだけだと思うだろう。でも。私はお嬢さまのそばに行きたくて一生懸命前進を続けた。
視界が開ける。草が途切れて、お嬢さまのすぐ足元へとやってくる。お嬢さまが(大きいな。というか、私が小さいのだけど)こちらに気づく。足元の小さな虫に気づく。視線があった。
お嬢さまの目が大きく開かれた。驚いているのだ。驚きが顔中に広がって、そしてすぐにほっとした、安堵の表情になった。嬉しそうに、晴れ晴れとお嬢さまは笑った。
「小玉」私を見て、お嬢さまは言った。「こんなところにいたのね」
「お嬢さま!」
私は叫んで、気づいたらお嬢さまの胸にとびこんでいた。私はそこまで小さくなくて、お嬢さまはそこまで大きくなくて、私は二本の足で地面に立っていて――つまり私はいつの間にか人間の姿になっていた。
「小玉!?」
秋華さまの叫び声が聞こえた。それからお嬢さまの優しい声も。
「小玉、どうして勝手にコオロギになったりしたの?」
勝手にコオロギになったわけじゃないんだけど……。でもなんて説明したらいいの? 連貴さんには口止めされてるし。
私は何も答えられなかった。何しろ胸がいっぱいだったのだ。無事、人間に戻れたこと。お嬢さまが心配そうに私を探していたこと。お嬢さまが――虫の姿の私を見て、でもその虫が私だって、ちゃんとすぐにわかったこと。それらがどっと胸に押し寄せてきて、つぶされそうだった。
お嬢さまはやわらかくあたたかく良い匂いがした。もう少しこうしていようと、私はくっついたまま思ったのだった。
――――
私がなぜコオロギの姿になっていたのか。それを説明するためには連貴さんのことを話さなければならない。とりあえず私は、連貴さんのところへ言って相談した。連貴さんは、お嬢さまと秋華さまなら自分の正体を打ち明けても構わないと言ったので、さっそく二人を呼んでこれまでの騒動の説明をすることとなった。
その夜。私とお嬢さまはお嬢さまの部屋で、今日会ったことをいまだ興奮さめやらず話していた。
だって信じられない話ばかりだし。宇宙の生き物なんて。彼らがこのお屋敷に迷い込んでいたなんて。
私が虫の姿になったのも大事件。ああ、でも連貴さんが言うにはやっぱり虫ではないみたい。虫に似た宇宙の生き物よ。
でも――。
私はお嬢さまに尋ねた。
「もし、私がコオロギになったら、お嬢さまはどうされます? もしそのまま戻ることができなかったら」
「そうねえ」私の質問にお嬢さまは苦笑しながら答えた。視線を机の上の虫かごへと向ける。義山さまからもらったものだ。「そうね……私があなたを飼うわ。ちょうどよいかごもあるし」
お嬢さまはそう言って、すぐあとに、でも、と続けた。
「でも、こんな小さなかごに入れて飼うのはかわいそうね。あなたはうちの庭で自由に暮らすといいわ。そして、たまに私に会いに来てほしいの。たまにでいいから」
「お嬢さま……」
たまに、なんてことはない。と私は思った。私はしょっちゅうお嬢さまに会いに来るだろう。というか、この部屋に住みついてしまうだろう。そしてお嬢さまに美しい鳴き声を聞かせようと頑張るだろう。はたして、鳴けるのかどうかわからないけど。
お嬢さまが寝台に入って、私はそっと部屋を後にした。回廊から空を見上げる。美しい晴れた夜で、頭上には無数の星が光っていた。あの中に、私たちとは違う不思議な生き物たちの住む世界があるの。
連貴さんの言葉を思い出す。宇宙の迷子たち。私が宇宙の迷子になったって――きっとお嬢さまは私を見つけてくれる。幸せな、満ち足りた気持ちになって、私は自分の部屋へと向かった。
星降る夜のお客さま 原ねずみ @nezumihara
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