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「小玉はまだ壺の中に手を入れてない……」
秋華さまが少し恐ろしい顔をして私に言った。横で義山さまが同意する。
「そうだそうだ」
「小玉、手を入れてみては」
「秋華」お嬢さまがたしなめた。「小玉を危険にさらさないで」ちょっと怒ってるような声。私のことを心配してくれてるのかな。少し嬉しくなっちゃう。
「でも中に何か入ってるか気になるじゃない」
秋華さまの言葉に、私は言った。
「壺をさかさにして振ってみればいいんじゃないですか」
三人から、おお、と歓声があがった。
私は壺を持ち上げる。軽い。なんだか妙に、思っていたよりずっと軽い。それに手触りも変だ。少し弾力があるように思う。でも冷たくてつるつるしてて、けれども陶器でも磁器でもない。
なんなのこれ?
不審に思いながらもとりあえず、ひっくり返して振ってみた。何も出てこない。もう一度、今度は強く振ってみる。なのにやっぱり何も出てこない。
「おかしいわね」
秋華さまが首をひねる。私は壺を元の位置にもどした。秋華さまがすかさず中を覗き込んだ。
「中にたしかに何かあるのよ。だって白っぽいものが見えるもの」
「底に貼りついてるとか……」
私が言うと、お嬢さまが口を開く。
「私は中に入ってるものを指先でつまんだけど、貼りついてるといった感じはなかったわ」
「じゃあ、その後貼りついたとか……」
自信なく、私は言う。劉家の三きょうだいは何も言わない。少しの間、しんとした静寂が訪れる。と、それを秋華さまが破った。
「怖い! なんだか怖くない? この壺!」
「うん、不気味だ……」
義山さまの声も幾分怯えている。秋華さまは顔をしかめて続けた。
「これもうちにいる妖怪の仕業よー。きっと狐!」
「秋華さま、やたら狐を推しますね」
「物語に出てくる狐の登場回数の多さ、小玉は知らないの?」
「いったい、どうすればいいのかしら?」
お嬢さまが頬に手を当てて困った顔で言った。義山さまもまた困った顔で言う。
「たたき割ってしまおうか」
「駄目よ!」秋華さまがたちまち否定した。「中のものが出てきて、祟られでもしたらどうするの!?」
みんな黙り、どうすべきか考えている。秋華さまがはっとして、最初に口を開いた。
「お母さまの新しい侍女に
知ってる。20代の、色っぽく美しい人だ。秋華さまは顔を輝かせて、
「彼女の親戚に道士がいるって聞いたことあるわ。その人に見てもらうのはどうかしら」
「なるほど、いいかもしれない」
義山さまがうなずいた。
「私、今度機会があったら、話をしとく」
「じゃあそれまでは」そう言って、お嬢さまは問題の壺を見た。「これは私の部屋に置いておくわね」
――――
次の日もまた、不思議なことが起こったのだ。私が屋敷内を歩いていると、この家の奥さまに呼び止められた。お嬢さまのお母さまだ。
「ちょっと小玉! あなたにはよく似た姉妹がいるの?」
「姉妹……ですか?」
どういうことだろう。突然何の話?
私はとりあえず、質問に答える。
「姉妹はおります。姉が三人に妹が一人。でも、よく似ているかどうかは……」
きょうだいだから多少は似てるとは思うけど。奥さまは興奮した口調で言った。
「あのね、私、あなたのそっくりさんを見たのよ!」
「そっくりさん?」
「そうなの、廊下の先をあなたが歩いているなと思ったら、庭からもあなたが歩いてきて、どういうことなの? と思ったら、廊下のほうが角を曲がって姿を消してしまったのだけど」
奥さまは私を、不思議そうにじっと見た。
「小玉、あなた、二人いるの?」
「いえ、一人ですけど」
「または姉妹の誰かがあなたに扮した」
「いえ……」
扮したところでそっくりにはならないだろうし、そもそも一体なぜそんなことをやるのか、理由がわからない。
もやもやしたまま奥さまと別れ、お嬢さまの部屋に行くと、そこにはお嬢さまと秋華さまがいた。
「あ、小玉!」
秋華さまが私を見て、声をあげる。「ちょうど今、あなたの話をしていたのよ。ところであなた……、本物? 偽物?」
「本物です」
秋華さまも奥さまから私のそっくりさんの話を聞いたに違いない。そして予想通りさっそく私に話し始めた。
「お母さまがね、あなたのそっくりさんを見たっていうのよ」
「その話、さっき奥さまから聞きました」
「あなたの身内の誰かというわけでもないんでしょう?」
「そうだと思いますよ。そこまで私に似た人はいませんから」
「じゃあ一体……なんなのかしら? はっ、やっぱり狐!?」
奥さまの見間違いということもあると思うけど……。お嬢さまのほうを見ると、お嬢さまはくすくす笑っていた。
「あなたが二人って、面白いわね」
お嬢さまは微笑む。そうかな……私はなんだか気持ち悪いけど。
「二人いるなら、ひょっとしたら三人、四人といるかもしれないわ……」そう言って、お嬢さまは何かを考えているようだ。そして顔が明るくなる。「小玉がいっぱい……たくさんの小玉が周りでちょこまかと働くのね。なんだか想像してみるとかわいいわ」
かわいい……と言われたのは良いことなのかな。良いことだと思うことにして、ちょっと照れてしまう。でも私がいっぱいって、やっぱりなんだかあんまり居心地よくないなあ。私はたくさんの私と仲良くできるかしらん。
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