2

「秋華……」奥さまはため息をついた。「そういう男性は多いのよ。というか、そういう男性ばかりなの。側室を持っている男性はたくさんいるでしょう?」


「でも――」

「男の人は一つの愛では我慢できないものなの。そういう生き物なのよ」

「でもうちのお父さまは違うわ!」

「あなたのお父さまは例外中の例外ですよ」


 奥さまはひらひらと手を振った。そしてお嬢さまを見つめた。


「だからね、秋芳。今回の縁談はすごくよいものだと思うの。東原さまは――まあ若干軽薄なところもあるけれど――見目麗しく家柄も良く将来も期待されている方よ。あの方は宰相になるでしょうよ。きっと。そうしたら秋芳、あなたは宰相の奥さまよ」


 お嬢さまは何も言わない。包子を小さく箸で割って、その一つをぱくりと口に入れた。


 お嬢さま、何を考えているのだろう。今朝、東原さまと喧嘩のようになってしまったことを思い出して、私はおなかがちくちくしてしまう。


「お母さまはその、宰相の奥さまとかいうのに目がくらんでいるだけよ!」


 秋華さまが横から言う。奥さまが口をとがらせた。


「まあ人聞きの悪い。私はね、年長者として、冷静に女の幸せというものを説いているだけなの」

「女の幸せ!? だったら、私は、私だけを愛してくれる、例外中の例外の男性と結婚することを女の幸せだとするわ。宰相の奥さまじゃなくても、構わない! ね、お姉さまもそうよね」


 秋華さまがお嬢さまに同意を求めたけれど、お嬢さまは相変わらず黙ったままだった。


「秋芳、結局あなたはどうしたいの」


 じれったそうに、奥さまは言った。お嬢さまは小皿から目を上げ、そして、少し考えこんだ。


「私――」考えつつ、お嬢さまが言う。「私は、この妖怪屋敷で、妖怪たちと生きていくことにするわ――」


「もうっ! 何をばかなことを言ってるの!」


 奥さまがうめいた。そして、心配そうにお嬢さまを見た。「ひょっとしてあなた、あの噂を気にしているの? 劉家の娘は美しすぎて妖怪たちを呼びよせる、って」


「いいえ」

「だったらどうして――」


「妖怪といえば」お嬢さまは話を変えた。どうもこの話題を続けたくないようだ。「また新たな妖怪が現れたみたいね」


「そうそう。今度はただの光なのよね」


 秋華さまが話に乗ってくる。「私も聞いたわ。使用人たちから。こう、小さくて丸っこくて蛍のような光で、でも何か本体があって発光してるわけでもなさそうで、それでその光がそっと近づいてきて――」


 秋華さまはかわいい顔をしかめて――おそらくなるべく恐ろしい顔をしてるのだろうけど――声を低めて言った。


「近づいてきて――真実を告げるの」

「その妖怪なら、私のところにもやってきましたよ」


 奥さまがあっさりと言った。秋華さまが驚きの声を上げる。


「本当!?」

「ええ、そしてたしかに真実を告げたわ。あなたの娘の秋華が、厨房で盗み食いをしてる、って」

「……まさか――」


 秋華さまが言葉を失っている。奥さまはそんな秋華さまを見てぴしりと言った。


「嘘よ。妖怪なんて来なかったわ。あなたの盗み食いの話は料理人から聞いたの」

「お母さまぁ!」

「秋華、あなたはどうしてそんなに子どもっぽいの。例外中の例外の男性と結婚するって言ってるけど、まずその性格をどうにかしなさい、でないと求婚者なんて一人も来ないわよ」


 奥さまは秋華さまへくどくどとお説教を始めた。私はお嬢さまをそっと見つめる。お嬢さまは二人にさっぱり注意を払っていないようだった。無表情で何を考えているのかさっぱりわからない。ただ、美しい箸さばきで、お皿の上の包子たちをたちまち片付けてしまった。




――――




 翌日、秋華さまがお嬢さまの部屋へやってきた。深刻な顔をして、お嬢さまと私に告げる。


「お兄さまのところに妖怪が出たわ。あの、真実を告げる妖怪よ」


 お嬢さまが驚いた顔をする。秋華さまは続けた。


「お兄さまにまとわりついてね、試験には絶対受からない、これから何度受験しても落ち続けるんだ、って言ったらしいわよ。それでお兄さまは寝込んでしまったの」

「大変じゃない。お見舞いに行ったほうがいいかしら」

「私がもう行ってきた。床に入って絶望した顔で天井を見上げてるけど、元気そうよ。朝ごはんはいつもどおり食べたそうだし」


 秋華さまの顔から深刻さがなくなっている。あっけらかんと軽く、秋華さまはそう言った。


「それならいいけど」

「でも恐ろしいわね~。嫌な妖怪ね。こちらの精神をえぐってくる……」

「真実を告げるっていうけど、それは真実なのかしら」


 お嬢さまが不思議そうに言う。


「どういうこと?」

「お兄さまは本当にこれから先もずっと試験に受からないのかしら」

「うーん……それがほんとだとしたら気の毒ね」


「お兄さまに実力がないというわけではないと思うの」お嬢さまは若干ためらいつつ口にし、その後それを振り払ってできるだけきっぱりとした声で言った。「でもお兄さまは繊細というか気が弱いところがあるから……試験で緊張してしまうのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る