3

「そうね」

「真実というか、お兄さまの心の中にある不安を読み取って、揺さぶりをかけてるのかもしれない」

「やっぱり嫌な妖怪じゃない」


 秋華さまが不満げに言う。私もそう思う。あんまり遭遇したくないなあ。私の心の中の何を読み取り、表に出されてしまうのだろう。


「お兄さまはよい人なのにね」秋華さまが言った。「でも押しが弱いし不器用なのよ。ああ、そうだ、お兄さまならお父さまのように例外中の例外の男性になれるでしょうね」


「私たちはよい兄を持ったわね」


 お嬢さまは微笑んだ。秋華さまはまたも不満気に言う。


「お兄さまはもうちょっと自信をつけるべきなのよ。東原さまの無駄な自信を少しわけてもらえばいいと思うわ」


 真実を告げる妖怪と、それに遭遇した義山さまのことは、使用人たちの間でも話題になった。私はお嬢さまが言ったことが気になっている。この妖怪は、人の心を暴くということ。


 出会うことがありませんように、と思ったのだけど、そうはいかなかった。




――――




 その夜のことだった。私は自室で、寝床に入ろうとしていた。けれども、ふと奇妙なものが目に止まったのだ。


 ふわふわと空中を漂うもの――。小さくてほんのりとした光。蛍かな? と最初は思った。でも違う……これは……。


 今話題になってる妖怪じゃないの!?


 私はそれを部屋から追い出そうとした。うちわを引っ張り出して、あおぎたてる。風に乗って、外へ出て行けばいいのだけど……でもそうはいかなかった。


 どんなに頑張ってあおいでも、飛ばされる気配がない。結構しぶといやつだな。しかも数が増えていることに気づいた。二匹いる。と、思う間もなく、三匹……? やだ! どっからやってきたの!?


 それは増え、私の周りを飛び交い始めた。


そうして小さな声が聞こえたように思ったのだ。


 ひっそりと、高くか細い声。楽しそうな笑いを含んだ声。複数の声なのだけど、どれも同じに聞こえる。それらの声が言う。


「……やきもち――……」


 やきもちってどういうことなの? 疑問に思うとほぼ同時に、頭の中に浮かぶものがあった。真実を告げる妖怪。ううん、お嬢さまの予想では、心の中にあるものを読み取って揺さぶりをかける妖怪。


 東原さまのことが頭に思い浮かんだ。東原さまとけんかしたこと。それが私の胸の中で、いくらか重たいものとなって沈んでる。私は東原さまのことが好きじゃなくて、それは東原さまがお嬢さまにしつこくして、お嬢さまを困らせるから――。


 ――ではなくて……。


「やきもち」


 今度はもっとはっきりと聞こえた。くすくす笑いとともに。やきもち、なの? 東原さまがお嬢さまと結婚しようとするから、お嬢さまが東原さまと結婚するかもしれないから、私はやきもちをやいてるの?


「違うわ!」


 私はいらいらして、その小さな光に言った。光の数はさらに増えてる。もう数えきれないくらい。私の周りをくるくると飛んでいる。


 また笑い声が聞こえた。楽しくて仕方がないみたいな。私はたまらない気持ちになって、部屋から逃げ出した。どこかに行かなきゃ。この光たちがやってこないところに、どこかに――。


 部屋の外は夜の世界だ。走り出そうとした瞬間、不意に意識が途切れた。




――――




 気づけば、外にいる。でも――ここはどこ?


 道の上に私は立っている。両側には家々が立ち並ぶ。夜なんだけど、さほど暗くはない。提灯がいくつも並んでいるからだ。


 ずっと先まで提灯の光は続く。思わず後ろを見るけれど、後ろも同じ。ほんわりとしたやわらかい光がどこまでも続いていく。私は再び前を向き、そして声をあげた。


「お嬢さま!」


 お嬢さまがいるじゃない! 私のすぐ目の前に! 一体、どこから現れたの?


 不安がたちまち飛んで、嬉しさが胸に溢れてくる。とりあえずは、一安心、じゃない? お嬢さまがいるんだし。


「小玉、どうしてこんなところへ?」


 お嬢さまが微笑んで、でも不思議そうに尋ねて、私のそばまでやってくる。私はお嬢さまの質問に答えることができない。だって、どうしてこんなところにいるのか、私もわからないんだもの。


「わからないんです。私は部屋にいて――」そして嫌な記憶が頭をかすめる。あの光たちはどこへ行ったのだろう。「――それで気づいたらここにいたのです」


「私も同じようなものよ」お嬢さまは言った。「部屋にいたらね、お兄さまのところに現れた妖怪、あれと同じものだと思うのだけど、謎の光が現れたの。恐ろしくなって逃げようとしたら、こんなところに出てきてしまって」


「お嬢さまもですか!?」私は驚いた。「私も、私もなんです! 私のところにも光の妖怪が現れて……」


「私たちがこんなところに来たのも妖怪の仕業かしら」

「そうかもしれませんね」


 お嬢さまはきょろきょろと辺りを見まわした。


「ここがどこだか、わかる?」

「いえ、さっぱり……」


 ものすごく変わってる、ってわけじゃない。家も提灯も見慣れたものだ。どこにでもありそうな道。でも知らない。お使いで行く場所に、こんなところはなかった。

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