3
「小玉は混乱しない? そんなことになったら」
秋華さまがきいた。
「混乱すると思いますよ」
「でしょ、あんまりよろしくないわ。それに――もしこれが狐の仕業じゃなかったら、誰かが、小玉に扮して我が家に忍び込んでるってわけでしょ」
「それは問題ね」
お嬢さまの顔から笑みが消える。
「ゆゆしきことよ。不法侵入で犯罪でしょ。そうだ! 偽物の小玉を捕まえましょう」
「でもどうやって?」
お嬢さまの言葉に秋華さまは意気揚々と答えた。
「おびきだす! そう、何か上手いことやって……えーっと、美味しい食べ物でつるとか……」
「あなたじゃないんだから、小玉は食べ物で簡単につられたりしないと思うわ」
「じゃあ……食べ物じゃなくて、他にも小玉が好きそうなもの……小玉が近寄ってきそうなもの……。――そうだ! お姉さま!」
「私?」
「小玉はお姉さまが好きでしょ。お姉さまをおとりに使おう」
「そうなの、小玉?」
お嬢さまが私を見る。その目にはからかうような色が潜んでいる。私は大いにあせってしまった。
「えっ、えっと、その、もちろん私は侍女なので、お嬢さまのことはそれはお慕いして、その」
無暗に意味なく手など振ってしまう。きっと顔も真っ赤になってると思う。秋華さまは変なことを言ってくれたものだ。
お嬢さまがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ふうん。じゃあ、私、おとりになるわね」
――――
全く変な話になってしまった。庭に椅子を出す。柳の木の下にそれを置いて、お嬢さまがそこに腰掛ける。私たち、私と秋華さまは、少し離れたしげみの向こうにしゃがみ込んで、偽物の私が来るのを待つ。
天気のよい春の午後だった。うらうらとした眠たくなるような陽射し。青空。柳の緑に、お嬢さまの黒髪が映える。お嬢さま、美しいなあ……。遠くから見ても、なんだか絵のようだわ。
しかし、変な事態だと思う。本当に偽物の私はやってくるのだろうか。というか、偽物の私にとって、お嬢さまはよい餌となるのだろうか。偽物の私が、内面まで私に似ているとは限らないし……。待って。たとえ似ていたとしても! お嬢さまがそこにいるからってふらふらとやってくるだろうか。やってくる……やってくるのかな……。
私、私だったら……ふらふらと……ううん、そんなみっともない真似しない! と思うけど。
ずっとしゃがみ込んでると足が痛くなる。秋華さまはなかなか辛抱強い方だった。と、秋華さまが小さく声をあげた。
「小玉! 今向こうに、あなたに似た人が……」
「えっ、どこです?」
私は目を凝らす。が、それらしき姿が視界に捕まらない。秋華さまは鋭く言った。
「私、後を追いかけてみる!」
そして立ち上がり、走っていく。私だけが残された。どうしたものかと思っていると、足音がして続けて声がした。
「やあ、小玉。こんなところで何をやってるんだい」
見なくてもわかる。東原さまだ。東原さまは、私の隣にしゃがみ込んだ。
「かくれんぼ?」
無邪気に尋ねる。私は首を横に振った。
「いえ、そうではなくてですね……」
そして、秋華さまが去っていったほうを見た。秋華さまの姿はもうない。本当に……本当に私のそっくりさんがいたの?
何者なの、私のそっくりさん。
そういえば、聞いたことがある。自分とよく似た人を見ると死んでしまう、って。いや、違った。よく似た人を三人見ると、かな。その辺りは曖昧だ。でも、自分のそっくりさんは――不吉で死と関連する存在だ。
いや、ほんとにただただ他人のそら似の人がいるってだけなのかも。でもそうだとしたら、なぜ私と似た格好をしてこのお屋敷に入り込んでるのかわからないけど。
それとも秋華さまが言うように狐が私に化けたのか――。
「どうしたんだ、小玉?」
東原さまがそっと私に身を寄せた。「不安そうな顔をしているよ。何か心配なことでも……」
「いえ、全く」
私はつとめて平静な顔をして東原さまを見返した。と、頭上から声が降ってきた。
「二人、仲良しなの?」
お嬢さまだ! 私は素早く立ち上がると、はっきりと言った。
「仲良しじゃないです!」
言い切った後で、ちょっとばつの悪い気持ちになった。東原さまに失礼になってないだろうか。ちらりと東原さまのほうを見たけれど、全く気にしていないようだった。というか、耳に入ってもいないようだった。
「秋芳」
東原さまはお嬢さまだけを見ていた。優雅に立ち上がると、お嬢さまのそばに寄っていく。
「今日も美しいね。何をしてたんだい? 侍女とかくれんぼ?」
「いいえ。私、おとりになってたの」
「おとり?」
そこへ秋華さまが戻ってきた。
「見失っちゃったー」
私のそっくりさんは上手く逃げてしまったようだ。
――――
その翌日。また、天気のよい日。
今日はお嬢さまのお部屋で、お嬢さまと秋華さまでお茶会だ。部屋にはまだ謎の壺がある。秋華さまは機会を逸して、まだ連貴さんに壺のことを言えずにいるらしい。
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