第五話 かわいいしっぽ

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 どうしたことか、東原さまがあまりやってこない。なので、最近は平穏な日々が続いている。


 今現在、私とお嬢さまでとても気になっているものがある。植物だ。お嬢さまと義山さまが庭で種を拾って、それをそれぞれ鉢に植えて育てているのだ。


 これがすごい。明らかに普通の植物じゃない。だって、成長が早すぎるんだもの。


 拾ったのが二日前。それが一日して芽が出て葉が開いて茎が伸びた。つぼみがつき、花が咲いたのが昨日のこと。そして今日は――私とお嬢さまはうきうきして机の鉢を覗き込む。


「実がなってますよ!」


 寝ている間に花が散って実が出来ていたのだ。私は興奮してお嬢さまに報告する。


 丸くて白い実。ちょっとつついてみたら柔らかかった。お嬢さまが言った。


「食べれるかしら?」


 どうだろう……。あきらかに異常な植物だし、食べてはいけないような気がするけれど。義山さまのところの植物はどうなっただろう。私たちのと同じように驚異的な成長を遂げていたけれど。


 やっぱりそちらにも実がなってるかな?


 と、思っているとお嬢さまが声をあげた。


「動いたわ!」


 えっ、と思って私ももう一度よく実を見る。……ほんとだ! もぞもぞと動いている。そして大きく一度揺れたかと思うとぽたりと落ちた!


 どの実も落ちてしまった。全部で10個ほどあったのに。そして驚くべきことに、落ちても実は動き続けたのだ。ぷるぷると揺れる。そして次第に――大きくなる! でもそんなには大きくならない。手のひらくらいの大きさに留まる。そしてさらに揺れて……白いしっぽのようなものがにょっきりと生える。それからなんと、くるっと黒い丸が二つ現れた!


 これ、目、かな……。


 白い小さな丸の物体に、黒い目が二つ。生き物っぽく見える。それがじっと私たちを見つめて――しゃべった!


「私たちは、遠い星から来たものです」

「星……?」


 お嬢さまが呆気にとられてつぶやく。白い生き物はうなずくように身体を揺らした。


「そうです。空に輝くあの星です」

「星に……住んでたの?」

「そうですよ」


 月には女神がいるって聞いたことあるけど。星にはこんな謎の生き物がいるんだ。でもこの生き物、なんだかかわいい。小さくて丸くて白くて。


「故郷の星で恐ろしいことがあったのです」つらそうに、生き物は言った。「私たちはひどい迫害にあいました。そして逃げてきたのです」


「大変だったわね」

「私たちは新天地を目指し宇宙をさまよいました。そしてここに落っこちたのです。ここはいいところですね」

「そうかしら。気に入ってくれたなら嬉しいわ」

「ここで暮らしてもよいですか?」

「構わないわよ。でも……何を食べるの?」


 基本、食べ物のことが気になるお嬢さまが尋ねた。生き物は答えた。


「ここの空気と光です。これが私たちのよい栄養となってくれるようです」

「それはよかったわ」


 生き物たちがわらわらと集まる。10匹ほどの小さな生き物が肩を触れ合わせんばかりに寄り集まって、私たちを見上げる。みんなとてもよく似ている。みんなかわいらしい。


 そしてみんな嬉しそうだ。


「私たちは幸せです。あなたたちのところに来ることができて」


 なんだか照れてしまう。特に何かをしたわけではないけれど。生き物のうちの一匹が言った。


「この辺りを探検してもよいですか? この星は興味深いところです」

「いいわよ。ああ、でも他の人が見たら、びっくりしてしまうかも。私から言っておくわ。これは害のない生き物だから傷つけないで、って」

「ありがとうございます!」


 一匹が言い、他の個体も口々にお礼を言って、私たちをほめたたえてくれた。いやあ、なんだかちょっと居心地悪くなってしまうくらいだ。


「それと、あの植物は捨てないでくださいね」鉢を振り返り、生き物は言った。「あの中にはまだ私たちの仲間が残っているのです。また花が咲いて、実になり姿を現すでしょう」


「わかった。とっておくわ」


 こうして、劉家にかわいらしい仲間ができたのだった。




――――




 生き物たちは手も足もないけれど、上手く移動できるし、跳躍力もある。机からわらわらと降りると、彼らは室内の探検を始めた。


「お兄さまのところに行ってみない?」


 楽しそうに、お嬢さまは言った。「お兄さまのところの植物はどうなってると思う?」


「同じように、白い生き物が出てきてるのでしょうか」

「そうかもしれない。確かめに行きましょう」


 私とお嬢さまは部屋を出て、義山さまのところに向かった。そしてちょうど、自室を出てくる義山さまにでくわしたのだった。


「やあ、君たちのところに行こうと思ってたんだよ」


 義山さまは明るい顔で言った。


「お兄さま、私のところの植物からね、不思議な生き物が出てきたのよ」

「僕のとこもだよ!」


 義山さまが、驚く。私たちは義山さまにうながされて室内に入った。


 そこにいたのは――やっぱり小さな白くて丸い生き物! 私たちのところにいるのとそっくり同じものが、こちらも10匹くらい、床をうろついていた。


「そっくり!」


 私は思わず声を出してしまった。生き物たちがこちらを見る。集まって、口々に、まあ新しい個体、とか、ここの生き物はどれくらいの数いるのだろう、とか言ってる。


 そのうちの一人が私を見上げて尋ねた。


「そっくり、って、何とそっくりなんです?」

「あなたたちと同じ生き物がこの近くにいるのよ。同じように植物から出てきてね、それで」


 私は答えたけれど、その言葉は生き物の金切り声で中断されてしまった。


「私たちと同じ!」


 あちこちで、悲鳴や狼狽や絶望の声があがった。彼らはさらに集まって、興奮してしゃべり始める。ひどく困ったことがおきたようだ。しくしくと泣き出すものもいた。


 私はすっかりうろたえてしまった。なんだか、言ってはいけないことを言ったみたい。

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