3

「お二方は」連貴さんは言う。「特殊な能力があり、そのため、その周囲に影響を与えがちなのです。例えば――宇宙の迷子をひきつけやすい、とか」

「妖怪に好かれやすいんだよ」


 東原さまが顔を上げて言った。お嬢さまもだ。妖怪だと思ってたけど、本当は他の星からやってきた生き物だったってこと?


 私の心を読むかのように、連貴さんが説明した。


「その中の一部は異星人で、一部は本当の妖怪でしょうね。そして今回もあなたのその体質が原因だったのですわ。そうして風邪をひいたことも」

「風邪? そういえばちょっと前にしんどい風邪をひいたなあ」

「そう、それですわ。抵抗力が弱ってしまいました。そのため、あなたの身体の中に、異星の生き物が入り込んでしまったのです」


「生き物が入り込む……不気味だな」東原さまはややおびえた声を出した。「で、その生き物とはなんなんだ? ――まさかそれが……」


「あなたが先程、口から出した虫のようなものですわ」


 あのコオロギが! よその星から来たものだったんだ……。コオロギじゃなかったんだね。東原さまは顔をしかめている。


 連貴さんは相変わらず涼しい顔で続けた。


「風邪をひいたときにたぶん、口でも開けて寝ていらっしゃったのでしょう」

「鼻がつまっていたんだよ」

「そこから虫が入り込んだのです。そしてあなたのお腹に落ち着き、あなたを内側から操った」


 ええ……。東原さま、虫に操られてたの? 東原さまのほうを見ると、驚いてやや青ざめている。


「あなたは特別な人間ですから」連貴さんは言う。「虫にとってはよい宿主なのです。そしてあなたのそばにもう一人特別な人間がいた。この虫に寄生されたものに子どもができると、その子どもは最初から体内に虫の卵を宿しているのです。もし、あなたと秋芳さまの間にお子さまができればそのお子さまの身体には虫の卵があることでしょう。そして卵は孵化し、子どもの身体を食い破って表に出てくるでしょう」


「……恐ろしいことだな」

「あなたという特別な人間、そして同じく特別な秋芳さま。二人の間の子どもは虫にとってとてもよいものになるでしょうね。子どもの体内で孵った虫は、さぞや協力な個体となるでしょう。そこで虫はあなたを操り、秋芳さまと結婚しようとしたのです」


「――私が……秋芳と結婚?」東原さまは私を見て言った。「いつの間にそんな話が?」


「東原さまはここ何か月かせっせとお嬢さまに求婚なさっていたのです」


 私は東原さまに言った。東原さまは困惑して首を横に振った。


「覚えてないな……」

「全て虫がさせたことですもの。覚えてないのも無理ありませんわ」


 連貴さんが穏やかに微笑んだ。


「虫は虫で、これはまあ愛すべき生き物なのですが」楽しそうにも思える連貴さんの口ぶりだ。「あんまり強い個体が生まれるのも……私たちとしては歓迎いたしません。そこで私は夜な夜な東原さま、あなたの寝室に入り込んでは、虫が出てくるよう、まじないを唱えていたのですわ」


「いや……全く気づかなかったよ」


「小玉さん、あなたのおかげで助かりましたよ」連貴さんは私を見て、今度は真面目な顔つきで言った。「あなたが二人を近づけさせないようにしていたので。あなたは線を引いたでしょう? あれはあれで役に立ったのです」


 私が? 私がただ、地面に足で引いたあの線が? あれが役に立ったの? ……ひょっとして私も、何か特別な人間なんじゃなかろうか。……まさかなー。


「特別な二人と彼らの内の一人に宿る異星の生命体」再び楽しそうな表情になって連貴さんは続けた。「これによって空間に歪みが生じやすくなりました。うっかりこの屋敷に迷い込んでしまう宇宙人も増えたのですわ。あるものは混乱のあまり秋芳さまをおそいました。ぐるぐる巻きにしてね」


 連貴さんが笑う。ぐるぐる巻き……ああ、あれは宇宙人とやらの仕業だったのか! じゃあ、あの時、秋華さまが見た狐人間は? やっぱりそれは……連貴さんだよね……。


「あるものは壺型宇宙船でやってきました」連貴さんの話は続く。「そしてここの住人を探るために、そっくり同じ姿に形を変えたのです。月から迷いこんだ小鳥もおりましたわ。生き物の精神を読み取ることのできる発光体も。それらは私が元の星へと送り返しました。送り返せなかったものもありますけど……。それから、東原さま、あなたのお腹にいた虫。あれもちゃんと故郷に戻りましたわ」


 連貴さんは黙った。これで全て説明し終わった、というみたいに。うん、たしかにこれですっきりし

た。……すっきりはした……けど、なんだか現実とは思えない話だなあ!


「それでは私はこれで。役目は終わりましたわ。――あ、そうそう。この話は内密にお願いしますね。私とあなたがただけの秘密としましょう」


 そう言って連貴さんはくるりと背中を向け、去っていく。あとには私と東原さまが残された。どちらも無言。静かで、遠くから鳥の声が聞こえる。


 我に返ったように、東原さまが言った。


「ところで小玉! あの美しい女性、あれこれ説明してくれた、星からやってきたとか言ってたあの女性はなんという名前なんだ!?」

「連貴さんですよ」

「この家の使用人か? 初めて見る顔だが」


 えっ? 東原さまと連貴さんは前にも会ったことがあると思うんだけど。お嬢さまの偽物が出たときに。忘れてるのかな。

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