5
そこで私はまず尋ねてみることにした。
「あなたはお嬢さまのところの子?」
「そう」
白い生き物は答えた。私は言う。
「今部屋で――」
「みんな一つになったんだ」
「……そうよ、でもなぜあなたは一匹でいるの?」
私の問いに、生き物は少し黙った。けれども長い沈黙ではなかった。生き物は、感情のよくわからぬ声で言った。
「私は誰も愛していないし、何も信じていない」
そして手すりから庭へと跳び下りた。
――――
白い生き物は本当に不思議な生き物で、義山さまのところでも同じように合体が行われいたらしい。義山さまは唖然として言った。
「一体彼らはなんなのかな。どうして、僕の部屋のと秋芳の部屋のが、同じときに同じ行動をとるのだろう。どこかでつながっているのかな」
一夜明け、お嬢さまの部屋に入った私はまたもぎょっとした。白い生き物がさらに大きくなっていたのだ。今では抱えることができない。大きく丸く、お嬢さまの部屋に転がっている。
「朝起きたら、こうだったのよ」お嬢さまが部屋から私を出して、彼らに聞こえぬよう、小さな声で言った。
「どうして大きくなったんです?」
「なんでも……空気と光がよくて、身体を大きくすることができたのだ、って」
お嬢さまは不安そうに私に尋ねた。
「彼らどこまで大きくなるのかしら」
「さあ……」
「屋敷をおおいつくすほど大きくなったりしないかしら」
さすがにそれは……ないと思うけれど。想像すると恐ろしい。私たちはどこに住めばよいのだろうか。
午後になり、生き物はさらに大きくなり、お嬢さまの部屋から窮屈そうに出てきた。その黒い目は、相変わらず楽しそうに、自信にあふれ、輝いていた。
「私たち、考えたんですよ」大きな生き物が言う。その声も大きい。「もう十分に大きくなったのだから、何も怖くない、って。だから私たちの敵をやっつけに行くことにしました」
お嬢さまは驚いて言った。
「何も怖くないなら、やっつける必要なんてないでしょう?」
生き物は聞いていないようだった。朗らかな声で言う。
「さあ、今こそ失われたものを取り戻すときですよ。我々の、不屈の精神を示すときです。彼らに教えてやらなければなりません。何が正しくて、何が間違っているか」
生き物はぞろぞろとはって庭へと降り立った。お嬢さまが慌てて後を追いかける。
「やめましょうよ。よくないことが起こるわ」
「やられる前にやらなければ」生き物はお嬢さまを見た。その黒い目も、今では大きい。「あなたは何もわかってないのです。相手を制することが、ときに、自分を守る最良の方法となるのです。私たちはそれを怠っていたばかりに、ひどい目に合わされてきたのです」
生き物はそう言うと、庭を前進し始めた。お嬢さまがそれを追う。私もついていく。生き物は、意外と早かった。
すぐに、向こうから何かがやってくるのが見えた。同じように、白く大きいもの――義山さまのところの生き物だ。そして、その後から、義山さまも。
生き物が歓喜の声をあげた。
「彼らがやってきます! 都合のよいことに! 私たちがすぐに勝利することになるでしょう! そして私たちは苦痛から解放されるのです!」
声は響き、それと同時に、向こうの生き物の声も聞こえた。ほぼ同じようなことを言っているようだ。それは重なり、けれども一つになることはなく、わんわんと庭中に広がった。
一体何事かと、他の使用人たちも出てきた。けれども誰も二つの白い大きな生き物を止めることはできなかった。私たちもそうだった。
二つの生き物の間の距離は縮まり、やがてなくなった。二つの白い小山がぶつかり、くるくると回り始めた。どちらも何かを言っているようだけど、意味はわからなかった。高くなったり低くなったり、声のようなものが休みなく聞こえ、彼らは回り、輪郭をなくし、溶けあい、今度は本当に一つになって――そして爆発するかのように、四散した。
彼らは小さなかけらになって、庭に飛び散ってしまった。お嬢さまも私も義山さまも、使用人たちも、誰も何も言わない。動きもしない。私はただ、立ち尽くして、その光景を見ていたのだ。
最初に動いたのは、義山さまだった。青い顔をした義山さまがこちらにやってくる。地面に落ちた彼らのかけらをよけながら。
「不信と憎悪は我が身を亡ぼすよ」のどにひっかかったような変な声で、義山さまは言った。「これは教訓だね」
――――
ともかく庭の掃除をしなければならない、ということになった。散らばった白いものを集め、これをどうするか話し合った結果、焼却してしまおうということになった。
火がたかれ、燃やされる。全てが灰になった後、私は力なく、お嬢さまの部屋へと足を向けた。
お嬢さまは気分が悪そうだったので、先に帰ってもらったのだ。だから、その時、その場所には私しかいなかった。そして私は見たのだ。あの小さな白い生き物を。
それはそんなに大きくなくて、私たちが最初に見たときと同じくらいで、一匹だけそこにいた。木の根元にぐったりと横たわっていたのだ。私はその生き物の近くに行って、そしてそれが死んでいることを認めた。
ひょっとするとこれは、回廊のすみにいた一匹かもしれない、と思った。仲間と一つになることのなかった一匹。誰も愛していないし、何も信じていないと言った一匹。
誰も愛していないし、何も信じていないから――だから、こんな風に孤独に死んでしまわなければならなかったの?
私はひざまずき、そっとその生き物を持ち上げた。と、その身体から何かが落ちた。灰色でひからびたもの。しっぽだ、と私は思った。
それが結局何であれ――彼らにとってしっぽは、本当に特別なものだったのだろう。
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