4

 次の日、私とお嬢さま、義山さまは回廊の階段部分に集まっていた。私とお嬢さまが段に腰掛け、義山さまがそばに立っている。美しい日だった。季節は春から夏に向かおうとしていて、庭の緑が濃く鮮やかだった。


 けれども気分は美しいとは言いがたい。


「君のとこにいるやつと、僕のとこにいるやつは本当に似てるね」お嬢さまから白い生き物の話を聞いて、ため息まじりに義山さまは言った。「僕のとこのも、線が何の役に立つのかと言ってる。そして、いつか相手が攻めてくるって言ってる」


「彼らはお互い、とても怖がっているのよ」お嬢さまは遠くに視線を向けつつ、つぶやくように言った。「どちらもとても恐れているの。相手にやられてしまうと思っているの。どうしたら、不安をぬぐうことができるの?」


「似たもの同士でいがみあってるんだよ。よくあることだけど。ちなみに彼らによれば、僕らは、みんなそっくりなんだって」

「まあ、同じ人間である、という点では」

「でも全く同じではないよ。彼らには一体、何が見えているのだろう」


 そして私たちにも一体何が見えているのだろう。全部同じ、白くて小さくてかわいいしっぽを持つ生き物なのに。本当はそうではないのだろうか。


「僕のとこにいる生き物をさ、東原にあげてしまおうかと思って」


 義山さまが言った。東原さまの名前が出てきたので、私は少しどきりとしてしまう。


「どうして東原さまなの?」


 お嬢さまが尋ねる。


「やつは妖怪に好かれるじゃないか」


 そういえば枇杷が懐いてた。枇杷、元気にしてるのかな……。本当に月に帰ってしまったのだろうか。


 義山さまは肩をすくめた。


「でも嫌なんだって。ここから離れたくないんだってさ。ここは彼らにとってすごく環境がいいらしい」

「妖怪屋敷だから?」

「まあ……そうかもね」

「そういえば最近、東原さまの姿を見てないわ」


 お嬢さまが言い、私はお嬢さまの顔をちらりと見る。東原さまが来なくてがっかりしてるのかな、気に留めてるのかなと思ったのだ。でもお嬢さまの表情はいつもと変わらず、東原さまの不在を嘆いていないように見える。それとも私がそう見たいだけかな。


「体調を崩してるんだよ」

「まあ、大丈夫なの?」


 義山さまの言葉に、お嬢さまが尋ねる。義山さまはあっさりと言った。


「平気平気。ちょっと身体の具合が悪いかな、ってだけで。遊びまわるほどの体力気力がないんだ」


 東原さまが遊びまわる……どうせろくでもない遊びなんだろうなと思ってしまう。だったら、多少弱っているほうがいいのかも……。ううん、そんなことを考えてはいけない。


「というか、最近、あんまり遊び人じゃないんだよ、彼は」


 義山さまがお嬢さまを見ながら言った。「彼はどうやら真面目になったようだ。秋芳、君への気持ちに気づいたからじゃないかな。君への真実の愛に目覚めて、彼は新たな人格となった……」


 義山さまが真面目な顔で言う。お嬢さまへの真実の愛に目覚めて、女好きの性格が直った? そんなことってあるのだろうか。お嬢さまはどう思ってるのだろう?


 お嬢さまはただ、笑っただけだった。




――――




 午後、私がお嬢さまの部屋に行くと、お嬢さまはいなかった。けれどもそこには、ぎょっとするものがあった。あの白い生き物だ。小さくて白い……でもあまり小さくない。大きくなっているのだ。


 ものすごく大きいというわけではない。両手で抱えられるくらい。でも手のひらに乗る大きさではなくなっている。姿形は変わっていなくて、しっぽもある。それが卓の上に乗って、きらきらした黒い瞳でこちらを見つめていた。


「ねえ、私たちは考えたんです」


 明るい口調でその生き物は言った。部屋にいる生き物は一匹だけ。他のはどこに行ったのだろう。


「私たち――大きく強くなるべきだと思ったんです。大きく強くあれば、いじめられることはないでしょう?」

「……そうね」


 なんだか嫌な気持ちがした。どこからか不安がしのびより、私にからみついていく。私は尋ねた。


「どうして一匹だけなの?」


「私たちは素晴らしいことに気づいたんです!」はしゃいだ声で、生き物は言った。「私たち――合体できるんですよ」


「合体」


 思わず復唱してしまった。生き物は相変わらず陽気に言う。


「こんなこと知らなかった。きっとここの素晴らしい空気と光のおかげでしょうね。私たちは合体して一つになって――もうこれで彼らに負けることはありません」

「よかったわね」


 よかったのだろうか。よくわからないけど、私はそう言っていた。


「一つになるって、みんなで一致団結して物事をなすって、いいことですよね」

「いいことね」


 私は素っ気なく答えた。どうも、あまりここにいたくないように思った。生き物の目は無邪気に輝いていて――でもそのくもりなさが恐ろしかった。


 私は部屋を出た。回廊の手すりに、白い生き物が一匹ぽつねんといることに気づいた。小さな、今まで通りの大きさの生き物だった。私はその生き物へと近づいた。


 どうしてこの子だけ一匹でいるのだろう。まだ全部が合体したわけじゃないのかな。それとも義山さまのところの子だろうか……でも線が引いてあるから、こちらには来ないはず。たぶん。


「どうしてこんなところにいるの?」


 私は声をかけた。たった一匹で。「部屋には――」


 そこで言葉が詰まってしまう。義山さまのところの生き物だったら、今、お嬢さまの部屋でどんなことが起きているか、言わないほうがよいのではないかと思ったからだ。でもこの子が、一体どちらの子であるのか、私には見分けがつかない。

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