3
部屋の中は案の定、大いに騒がしかった。生き物たちが、激しく議論している。やっぱり、義山さまのところの生き物と出会ったことが大変な問題になったようだ。
私たちが帰ってきたのを見ると、代表と思しき3匹が卓の上にのぼって、熱心に言った。
「私たちは恐ろしい敵に会ったのです」
「知ってるわ。お兄さまから話を聞いたの」
「どうしてあなたがたはあれを追い出してくれないのですか?」
「そう言われても……」
どちらを追い出すべきなの? とはきけそうにない。お嬢さまが口ごもっていると、生き物はたたみかけるように言った。
「彼らとの遭遇があんなに容易に起こるなんて思ってもみませんでした。私たちは危機にさらされているのです。ええ、あなたたちも、面倒くさい事態に巻き込まれたくないでしょうね。その気持ちはよくわかります。でも私たちがどれほどひどい目にあってきたかを――」
「仲良くすることはできないの?」
「仲良く、ですって!?」
生き物は鼻で笑った。「彼らが私たちにしたことはあなたがたに詳しく話して聞かせたい。それはとても長い話になりますよ。彼らは私たちの命を奪いました。私たちの親や子どもを殺害しました。私たちの尊厳を踏みにじり、文化も言葉も奪ったのです」
「同じ言葉をしゃべってるのでは?」
私はうっかり言ってしまった。彼らはどちらも同じ言葉を使っている。私たちに、理解できる言葉だ。
生き物は私をにらみつけた。
「これは私たちの言葉ではありません。私たちがあなたがたの言葉を解析し理解し、それを使用しているのです。あなたは本当に何もわかってないんですね」
怒られてしまった。
「全体で見れば許せないということはあっても――」お嬢さまは考え、考え、言った。「個々で見れば違うんじゃないかしら。中にはきっといい人(人?)だっているはずでしょう?」
「それは――」
生き物の言葉が詰まった。でも他の一匹がたちまち横から声をあげた。
「いいえ! 彼らの中によいものなんていないんです!」
「そうなの?」
「彼らは我々と全く違う生き物なんです! 理解できるところなど、一つたりとてないんです!」
「でも――あなたたち……似てるわ」
私もそう思う。この卓の上にいる三匹もそっくりだし、義山さまのところにいる生き物たちもどれもよく似てる。そして、お嬢さまと義山さまのところにいる生き物たち、彼らは敵対しているけれど、外見は同じで見分けがつかないのだ。
「似てませんよ!」
生き物はとびあがらんばかりに否定した。「何も似ていません! 特にしっぽが違うでしょう?」
「しっぽ?」
お嬢さまが言い、私も彼らのしっぽをまじまじと見る。小さな身体からぴょこんと飛び出した白いしっぽ。かわいらしいしっぽだ。
「全然違うんですよ。私たちのしっぽは細くて長いんです。でも彼らのしっぽは太くて短いんです」
生き物は言う。そうだったかなあ。私は思い出そうとするも、よく思い出せない。でもどれも似たようなしっぽだったと思うけど……。
「そんなに違いはなかったと思うのだけど……」
お嬢さまが生き物に手を伸ばした。しっぽに触れようとしたのだろう。けれどもその途端、悲鳴のような声が響いた。
「触らないで!」
生き物が飛びすさって逃げる。お嬢さまは慌てて手を引っ込め、おろおろと言った。
「ご、ごめんなさい……」
「これは私たちにとって大事なものなんです。とても大事なものなんです」
生き物も慌て、うろたえていた。お嬢さまは再び謝った。「ごめんなさい。もうしないわ」
「しっぽは我々に強い力を及ぼしているのです」いくらか落ち着きを取り戻し、生き物のうちの一匹が言った。「きっと彼らのしっぽもそうなのでしょう。おそらく彼らが残忍で非道な存在であるのは、そのしっぽのせいなんです。それを思えば彼らも気の毒だと言えるのですが」
生き物たちはまた私たちのほうに近づいてきた。そして私たちを見上げて言った。
「あなたがたもとてもよく似ていますよ。あなたとあなた」
生き物はそう言って、お嬢さま、続けて私を見た。「あなたたち二人は見分けがつきません」
そうなの? 私とお嬢さまは思わず顔を見合わせてしまった。私たちが似ている? 私とお嬢さまが? 美人なお嬢さまが、私に似てる?
それはそれでちょっと嬉しいけど。でも彼らの目には、私たちはどんなふうに映っているのだろう。
生き物が少し笑った。
「あなたたちが身体にひらひらとしたものを巻きつけているのを不思議に思っていたのですよ。でも今なら理解できます。あなたたちはとてもよく似ているから――個体を識別するために、そのようなものが必要なんでしょう?」
生き物が私たちのことをよくわかっていない、ということがわかった。でも――それを言うなら、私たちだって、どれほど彼らのことを理解しているのだろう。
――――
お屋敷に線を引く案を彼らに告げると、しぶしぶながらも承知してくれた。けれども、心からそれに納得しているのではないみたいで、私たちに文句を言ってくる。
「線ごときが何の役に立つんですか?」
「あなたたちは線の外に出ないし、彼らも出ない。それぞれ穏やかに暮らせるでしょう?」
「まさか」生き物は皮肉な調子で笑った。「彼らが出てこないって、そんなことあるはずがありません。彼らは出てきて、また私たちからいろんなものを奪っていくでしょう。今までずっとそうだったように」
「私たちがあなたを守るわよ」
生き物はその黒い瞳でじっとお嬢さまを見つめた、信頼しているようなしていないような眼差しだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます