星降る夜のお客さま
原ねずみ
第一話 求婚者あらわる
1
そもそもの発端は
私の名前は
私はそんなお嬢さまにもう5年もお仕えしていて……そう、最初にここに来たときはまだ見習いの身だったから、たくさんいる下級使用人の内の一人だったけど、今は出世して秋芳お嬢さまの筆頭の侍女になってるのだ。えへん。
私は今の仕事にとても満足していた。だからあの春の日もそうだった。
その日、お嬢様は自分の部屋で手紙を読んでいた。眉がよせられ、困惑の表情だ。その手紙は私がさっき持ってきたもの。東原さまというお役人の男性がいて、その家の下男が持ってきたのだ。秋芳さまに渡してくださいって。だから私はお嬢さまにそれを渡したのだけど……何かあったのかな。
「変ね」
お嬢さまは言った。私は尋ねた。
「どうかなさったんですか?」
「この手紙、変なの」
「何が書かれているんです?」
私はお嬢さまのそばへ寄っていった。美しい字が、紙面を埋めている。
「結婚したいって、書いてあるわ。私と」
「……これ、東原さまからの手紙ですよね」
「そう。だから変なの」
ここで東原さまについて説明しておこうと思う。東原さまはお嬢さまのお兄さまである
性格も気さくで明るく、でも――ちょっと女好きかな。そういう噂があるってだけだけど。たしかにここに来ても、美しい使用人にはやたら声をかけている。私は挨拶くらいしかしたことないけど。なぜだか私にはあまり興味がないようなので。
その東原さまが、お嬢さまと結婚したい?
私はお嬢さまの顔をまじまじと見た。お嬢さまは私のほうを見ず、手紙に視線を落としてやはり困惑している。お嬢さまは話を続ける。
「東原さまは兄の友だちだから、幼いころから知っているわ。今でも付き合いはあるし。でもね、私に恋心を抱いている様子は今も昔もさっぱりないわ。それなのにどうして突然こんな手紙を?」
「それは……突然恋に落ちたのでは。朝起きたら唐突にお嬢さまに恋をしていることに気づいた」
「うーん、そんなことってあるのかしら」
あるかもしれない。お嬢さまは首をひねった。
「なんだかしっくりこないの。お兄さまのところに相談に行こうかしら。でも、もし東原さまが本気だとしたら、繊細で個人的な問題をいたずらに広めることにならないかしら」
「まあ……いいんじゃないですか?」
現に私がすでにこの手紙の内容を知っているわけだし。もちろん私はきちんとした侍女なので、仕えている方に関する情報を周囲にばらまいたりはしないけど。
「そうね」
かくして私とお嬢さまは、義山さまの部屋へおもむくことになった。
ちょうどよいことに、義山さまは自室にいた。お嬢さまと義山さまはあまり似ていない。義山さまは優しそうな顔立ちの方だ。美男子……というのではないかもしれないけれど、少したれた目が人が良さそうに見えるし、実際良い方だ。
お嬢さまはかくかくしかじかと起こったことを義山さまに話した。話をしめくくり、お嬢さまは義山さまに尋ねた。
「で。東原さまは本気だと思う? この手紙を信じてよいのかしら」
「たしかに、東原からうちの上の妹が好きだとか、結婚したいとか聞いたことがないけど……」そう言って義山さまは目を宙に向けた。「でも、突然そんな気持ちになることもあるのかなあ……。朝起きて自分が恋をしていることに気づくとか」
私と同じことを言ってるし。
義山さまは再び私たちに視線を戻した。
「東原はここ何日かたちの悪い風邪をひいていてね。昨日あたりにようやく元気になったんだよ。それでうちにも来て、そのときには特に変わったことはなかった」
「やっぱり変ね」
お嬢さまは難しい顔をした。一方、義山さまは切なそうな顔をする。
「……秋芳、僕が不甲斐ない兄でごめんね」
「なんのこと?」
「僕が……試験に合格できないばっかりに」
義山さまは現在、役人採用の試験に向けて勉強中だ。前にも受験したことはあるのだけど、落ちたのだ。勉強のかたわら、よそのうちに家庭教師に行ったりもしている。
義山さまは悲しい表情のまま言葉を続けた。
「もし僕が今頃立派な役人になっていれば、君の元にもっとたくさんの求婚者が訪れていただろう」
「お兄さま、私、求婚されたのはこれが初めてではないの」
実際にそうで、お嬢さまは美しいのでよくもてるのだ。義山さまは話を聞いていないようだった。
「僕が立派な役人だったら、今頃うちの門の前には求婚者たちが列をなしていただろう……」
「それも困るわね」
お嬢さまはあっさり言い、それに、と話を続けた。「それに、私自身の問題もあるのよ」
「なんだいそれは」
「ほら、私は私であまりよくない評判があるでしょう? 妖怪に好かれているとか」
「それは我が家全体の問題だよ」
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