第六話 宇宙の迷子たち
1
小さな白い生き物の悲しい最期から二日後のこと。義山さまの部屋に、義山さまと私とお嬢さまと秋華さまが集まっていた。
「これを君たちにあげようと思って」そう言って義山さまが両手にかごのようなものを二つ、持ってきた。
木でできた小さな鳥かごみたいなもの。黒っぽい木でできたのと、薄い色の木でできたのと二つ。上部に紐が結ばれ、飾りになっている。
「これはコオロギを入れるかごなんだよ。この中にコオロギを入れて飼う」
義山さまが卓の上にかごを置きながら言った。「家庭教師先でもらったんだ」
お嬢さまと秋華さまが興味深そうにかごを見る。
「私、こっちにしよう」
秋華さまが薄い色のを取った。濃い色のかごが一つ、残される。お嬢さまが私を見た。
「小玉、いる?」
「いえ、お嬢さま、どうぞ」
主人を差し置いて、侍女がそれをもらうわけにはいかない。義山さまがちょっと困った顔をした。
「ごめんね、二つしかないんだ。ひょっとしたら他にもあるかもしれないから、欲しいなら向こうにきいてみるけど……」
「いえ、結構です!」
私は慌てて手を振った。そこまでしてもらうのは悪いし、そもそも正直、そんなにすごく欲しいというわけではない。
「じゃあ、私がもらうわね」
お嬢さまが言った。かごは精巧に作られている。部屋の良い飾りになるかもしれない。
「コオロギを戦わせる遊びが有名だけど、コオロギは声も綺麗だからね。このかごで飼って、声を楽しむのもいいと思うんだ」
「私、コオロギ探してくる!」
義山さまの言葉をきいて、秋華さまがさっそく行動に動いた。言うなりたちまち、部屋を出ていく。
元気な秋華さま。その姿を義山さまとお嬢さまが微笑ましそうに見ている。
私は実はあんまり――元気じゃなかった。あの白い生き物の一件が尾をひいているのだ。なんとなく気分が重い。
生き物たちが出てきた植物は、彼らと運命をともにするように枯れていた。私はその枯れた植物と、一匹で死んでいった小さな子を一緒に庭に埋めてやった。
お嬢さまや義山さまは、あの白い生き物のことを口に出さない。私も彼らのことを話したくない。あんまり楽しい話ではないからだ。でも、事情をよく知らない使用人の人たちに、何が起きたか説明する必要はあったけど。
お嬢さまと私はお嬢さまの部屋へ帰る。そして、私は用事があって、別の棟へとおもむく。庭を、とぼとぼと私は歩く。まだ二日しか経っていないので、白い生き物の記憶が鮮明に残っている。
義山さまは、と私は思った。義山さまは言ったのだ。不信と憎悪は我が身を亡ぼす、と。不信と憎悪か……。私の頭に東原さまの顔が思い浮かんだ。
不信――たしかに私は東原さまを信じていない。憎悪――私は東原さまを憎んで……憎んでいるの? ……そうだろうな、憎んではいるだろう。
私からお嬢さまを奪っていく人だから。
ああなんだかそれも違う。それじゃあまるで、お嬢さまが今現在、私のものであるみたい。そんなことないのに。お嬢さまは今、誰のものでもない。ひょっとしたら、密かに意中の人がいるのかもしれないけど……。
不信と憎悪は、私は再び、義山さまが言ったことを頭の中で繰り返す。我が身を亡ぼす、か。
そういえば、私も線を引いたんだった。あの小さな白い生き物を分けたみたいに。線を引いた。東原さまに対して、ここから中に入ってこないで、って。
私は足を止めた。そういえば、線を引いたの、この辺りじゃない?
さすがにもう線は消えていた。私は地面を見つめ、足でならす。線を、もう見えなくなった線を、消すかのように。
東原さまを憎むのはやめよう、と私は思った。東原さまの真摯な愛に心を動かされ、お嬢さまは東原さまと結婚するかもしれない。でも、それでいいじゃない。
東原さまがお嬢さまを愛し、お嬢さまが東原さまを愛する。相思相愛の二人が結ばれる。すごくよいことじゃない。
愛する人と結ばれて、お嬢さまは幸せになるだろう。私はお嬢さまの幸せを邪魔したりなんかしない。おろかな忠犬になんてならない。
お嬢さまは嫁ぎ先に私を連れていくかもしれない。連れていったら、そこで私は東原さまの側室に――ううん、東原さまが真にお嬢さまを愛しているなら、そんなことはしないだろう。
連れていかないかもしれない。それならそれでいい。私はこの劉家で働き続けるし、ひょっとしたらお嬢さまがいないので侍女が用済みとなり暇を出されることも――そうなったら、また別に奉公先を見つけるまでだ。
そこにもお嬢さまみたいな方がいるかもしれないし、私はその方にお仕えするかもしれない。
もうお嬢さまに二度と会えないかもしれないけど……でも別にそれはそれでいい。
どんな未来が待っていても、私はそれなりに上手くやっていくだろう。
そう結論づけて、私はその場から立ち去ろうとした。途端、私を呼ぶ声が聞こえた。
「小玉」
顔をあげて、見なくてもわかる。東原さまの声だ。そして実際に顔をあげてみたところ、すぐそばに東原さまが立っていた。
一体いつの間に? しかも、久しぶりに姿を見る。
「体調を悪くされていたうかがいましたけど」
ぶしつけに、私はそう言っていた。東原さまは朗らかに笑っている。
「ああ、そうなんだ。でも大したことはないよ。多少、いつもと違う、というだけでね。それにもうだいぶよくなった」
「それはよかったですね」
「ところで小玉……」
「お嬢さまのところへ行かれたいんですね。ご案内しましょう」
「小玉?」
東原さまがけげんそうな声をあげた。「どうしたんだ、小玉。いつもはこんなにあっさりと案内してくれないじゃないか」
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