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「飼うのなら、問題が一つあるよ」義山さまは言った。「何を食べるのか」


「そうね。それは大事な問題だわ」

「鳥に似ているから……鳥が好むようなものを食べるのかな」


 そう言って義山さまはそばの大きな石をひっくり返した。おあつらえむきにそこにはミミズが一匹いた。義山さまはそれを捕まえて、枝に止まっている枇杷のところに持っていった。


「どうぞ。食べる?」


 でも枇杷は食べなかった。興味を持ったようで鼻を近づけたけれど、でも口を開くことはなかった。いらないよ、というみたいに顔を少しそむける。


「厨房から何か持ってきましょうか」


 私がそう言うと、じゃあお願いするわとお嬢さまが言い、そこで私は厨房へと走った。ちょうど昼ご飯の用意をしているところで、小皿に、白身魚の煮たもの、野菜の炒めたもの、朝ご飯の残りのおかゆをそれぞれ取ってお盆に並べて、再び庭へと走っていく。


 大きな岩の上にお盆を置く。そこに枇杷を呼んで反応を見てみた。


 枇杷はどれにも興味を持ったようだけど、おかゆは一口二口つついただけだった。野菜炒めも同様。でも魚は気に入ったようで、がつがつとたちまち平らげてしまった。


「好物がわかったね」


 義山さまが言った。「ミミズもお食べよ。贅沢なやつだね」


 でも枇杷は知らん顔だ。


「これで当面の問題は解決したね。親はいないようだし、何を食べるかもわかった」東原さまがお嬢さまに言う。「だからこの子はもう君のものだよ」


「よろしくね」


 お嬢さまが真面目な顔で枇杷に言った。枇杷は嬉しそうにピイと鳴いた。本当にお嬢さまが気に入ってるみたい。


「小さいころの君を思い出すよ」


 東原さまが笑う。「君はカラスを飼いたがった」


「そうだったかしら」

「6歳か7歳の頃だよ。カラスは賢くて人の言葉を話すようになるというから、君はカラスとおしゃべりをしたがっていた」


 義山さまも笑った。「そうだ、そんなことがあったな」


 私は知らなかった。私がこの家に来たのは5年前で、12歳のお嬢さまなら知ってる。でもそれ以前は知らない。


 そうか、東原さまは義山さまと幼なじみだから。だから、お嬢さまとも長い付き合いなんだ。私が知らないお嬢さまもたくさん知ってるんだ。


「君は頑固で意地っ張りな子どもで、私と義山はときに手を焼いていた」


 からかうような、でも愛情のある東原さまの声。お嬢さまは素っ気ない。


「あまり覚えてないわ」


 枇杷が再びお嬢さまの肩へと戻る。そのときふと、私は奇妙なものがお嬢さまの頭の近くを飛んでいることに気づいた。黒くて小さい……親指ほどの大きさの雲のようなものだ。


 最初は目の錯覚かと思った。けれども違う。虫かな、と思ったけれど、虫ではない。本当にぼんやりとした……雲としか言いようのないものだ。生きているものとは思えない。でも命あるもののように、お嬢さまのそばをふらふらと飛んでいる。


 枇杷がじっとそれを見つめていた。警戒しているようだ。悪いものなの? なら追い払わなくちゃ――お嬢さまを守らなくっちゃ。でも私は恐れて、どうすればいいか戸惑っていた。


「なんだこれは」


 お嬢さまのすぐ隣にいた東原さまが謎の黒いものに気づいた。そしてたちまち手で追い払った。黒いものは恐れをなしたように逃げる。そして、ふっと消えてしまった。


「どうしたんだい?」


 義山さまが尋ねる。何でもないように軽く、東原さまが答えた。


「秋芳の周りでね、変なものが飛んでいたんだよ。まるで秋芳を慕うように。虫みたいに見えたけど、でも違うかもしれない。また妖怪かな? ――枇杷といい、君は人ならざるものをとりこにするのが上手だねえ」

「それで我が家は妖怪屋敷となるのね」

「君が美しく生まれたからだよ」


 東原さまがお嬢さまをうながす。少し歩こう、という合図だ。


 私も、と二人についていこうとする。けれども義山さまに腕をひっぱられた。


「僕らはそろそろ退散しよう」

「なぜですか?」

「恋する二人を邪魔してはいけないからだよ」


 恋する二人ですって!? お嬢さまと東原さまのこと? 東原さまはお嬢さまに恋しているのかもしれない。でもお嬢さまは――お嬢さまは違うんじゃないの?


 お嬢さまは東原さまの求婚にお断りしたもの。でも、東原さまがしつこくて、お嬢さまは困ってるんじゃないの?

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