第二話 不思議な壺
1
お嬢さまが出会った災難の話はたちまち屋敷中に広まった。秋華さまが狐を見たって話も。そしてそこからせきを切ったように怪異の目撃情報が出てきた。
屋根の上で角の生えた生き物が宙返りしてたとか。庭の池から人の足が逆さににょっきり突き出てたとか。劉家の一族にこれから何か恐ろしいことが起こるんじゃないかって(現にお嬢さまはぐるぐる巻きにされたわけだし)使用人たちが戦々恐々とし始めた。
使用人頭の張三さんが屋敷内を徹底的に捜索しようと言い出し、私たちも駆り出されることになった。池をさらって、木や茂みを点検して、秋華さまが狐(狐人間?)を見たっていうから、狐の巣がないか確認して。屋根の上にも登ったりしたのだけど。
でも特に異常はなかった。
「狐よ~。絶対、狐の仕業!」
秋華さまが私にそう断言した。
「そうなんです?」
「だって、物語によく出てくるじゃないの! 人を化かす狐の話」
私もそういう話をよく読んだことがあるけど……。でも実際そんな生き物いるのだろうか。
ともかく、お嬢さまを羽交い絞めにしたものが何かはわからない。お嬢さまはいたって冷静、平穏だ。そもそも普段からあんまり騒ぐ方じゃない。
あれ以来の大きな騒動は起きていない。小さな目撃情報だけで。このまま何事もなく時が過ぎればいいけど……。
そんなある日のことだった。
朝、お嬢さまの部屋に入って、私は何ともいえない違和感を覚えた。その理由はすぐにわかった。卓の上に壺。白くて青い模様が描かれた、首の部分の細い、少し大きめの壺。こんなもの、昨日まではこの部屋になかった。一体どこから? お嬢さまが持ってきたのかな。
お嬢さまの身支度を手伝ったあと、質問をする。
「あの壺、どうされたんです?」
お嬢さまは壺に目を向けた。そして少し驚いた表情をした。
「あら。あんなものあったかしら」
ということはお嬢さまが持ってきたわけではないようだ。お嬢さまは壺に近づいた。そして中を覗き込む。
「中に何か入ってるわ」
言うとほぼ同時に、止める間もなく、お嬢さまは手を壺の中に突っ込んだ。「何かしらこれ……」そして手を抜こうとして――お嬢さまの表情が驚愕に変わった。
「小玉! 手が抜けないわ!」
「お嬢さま」私は慌てず騒がず、落ち着いて言った。「手に持っているものを放してください」
「そうなの? ……あら、抜けたわ」
壺からお嬢さまのすらりとした手が出てきた。お嬢さまはほっとした顔になり、そして驚いた様子で私に言った。
「よくわかったわね。持っているものを放せばいいって」
「それはお嬢さまが手を握りこぶしにされていたからでしょう? こぶしが壺の首にひっかかって出なかった」
「小玉……」お嬢さまは今度は少し憐れむように私に言った。「私はそんなにおろかではないのよ。手を握りこぶしにはしてなかったわ。こう、手をね、伸ばしたまま指の先で中にあるものをつまんでいたの」
「えっ、じゃあなんで……」
なんでお嬢さまの手が抜けなくなったの?
「お姉さま!」
戸口から元気な声が聞こえた。秋華さまだった。勢いよく室内に入ってくる。
「お姉さまも同じ目にあったのね!」
「同じ目? じゃあ、あなたも手が抜けなくなって?」
「そうなの! この壺、朝起きたら私の部屋にあったのよ。で、私も中をのぞいてみたの。そしたら中に何かがあって、お菓子かなと思って手を入れて掴んだら抜けなくなったの。放したら抜けたけど」
「まあ……」
「それでなんだか怖くなって、この壺、私の部屋に置きたくないなって思って、お姉さまの部屋にこっそり持っていったの」
「なぜ私の部屋に……?」
「ともかく」秋華さまはお嬢さまの疑問に答える気はないようだった。「やっぱりこれ、おかしい壺よね。一体どうしたらいいのかしら」
「秋華、秋芳」
また戸口で声がした。今度は義山さまだった。こちらはゆっくりと部屋に入ってくる。
「君たちも僕と同じ目にあったんだね」
「まあ、じゃあ、お兄さまも!?」
秋華さまが目を丸くして驚く。義山さまはうなずいた。
「そう。今朝起きたら部屋にこの壺があったのだ。そして中をのぞくと何かが見えたので取ろうとして……やっぱり手が抜けなくなった。不気味に思い、その壺を秋華の部屋へ持っていったのだよ」
「どうして私の部屋に!?」
義山さまもこの質問に答えなかった。ただ、まじまじと壺を見た。
「なんなんだろうね、この壺は……模様も不思議だし」
「昨日はなかったと思うんだよ」義山さまはさらにじっくり壺を眺めながら言う。「昨日は……東原が来たんだよ。東原が持ってきたのかな。でもこんな大きいもの、持っていたらさすがに目につくはずだし……」
「中身が気になる~」
そう言って秋華さまが壺の中を覗き込んだ。お嬢さまが横で注意の言葉をかける。
「手をつっこまないでね」
「つっこまないわよ。学習したもん。でも……この部屋にはまだ壺の中に手をつっこんでいない人間がいる」
「そうだ」
義山さまも同意する。そして二人そろって私を見た。
えっ、私?
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