第四話 うちあけ話

1

 東原さまはとても諦めの悪い方だった。せっせと劉家の屋敷にやってくる。


 あれやこれやの言葉でお嬢さまをくどくけれど、お嬢さまは素っ気ない。もういい加減気づいていいんじゃないかなあ。望み薄だって。お嬢さまは東原さまとの結婚を望んでないんだ、って。


 でも――どうなんだろう。


 ここ最近、私は不安になっていた。


 だって、東原さまが本当に熱心なんだもの。ひょっとしたら本当にお嬢さまが好きなのかもしれない。一時の気の迷いじゃなく。


 そしてもし、東原さまが本気なら、お嬢さまも結婚を承諾してしまうのかもしれない……。


 なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。その日もそうだった。


「小玉」


 庭で、東原さまが私に声をかける。とてもよい笑顔。東原さまは端正な顔立ちで、笑ってももちろん美しい。華があって、それでいて険がない。気さくそうで、こんな笑顔を向けられたら、たいていの女の子はにっこりしてしまうだろう。


 でも私はにっこりしないんだから。


「なんでしょう」


 私はややぶっきらぼうに返す。声をかける理由はわかってるんだけどね。お嬢さまのところへ連れていけ、でしょう?


「秋芳はいるかな」


 やっぱりそうだった。そしてお嬢さまは屋敷にいる。でも――案内なんてしたくない。


 薄曇りの、ぱっとしない空の下、私は東原さまの前に仁王立ちする。


「おりますけれど」

「では、秋芳のところへ……」

「東原さま」


 私は一言言いたくなってしまった。「お嬢さまはお断りの手紙を差し上げたではありませんか」


「まあそうだけど。でも何か迷っているようだった。私の気持ちを疑っているのではないのか? でも私が誠意を尽くせば――」

「いいえ、お気持ちは変わりませんよ」


 たぶん。言い切ってちょっと迷ってしまったけど。変わらない――のかな? 変わらない……きっと変わらない……変わらないんじゃないかな……。ううん、絶対、変わらない!


「小玉」


 東原さまが私に近寄ってきた。肩を抱くような気配を見せる。私はさっと逃げた。こういうところが! 信頼できないの!


 私が逃げたことを、東原さまはちっとも気にしていないようだった。


「物語に出てくる侍女は自分の女主人の恋のために、けなげに働くではないか」

「知りませんよ、そんな話」


 ううん、そういう話があることは知ってるけど。でも私はその物語の侍女ではないし。


「小玉、君は秋芳の忠実な侍女ではないのかね」東原さまが呆れるように、こちらに手を広げてみせた。「主人の幸せを願いたくないかね」


 お嬢さまの……幸せ。東原さまと結婚することがお嬢さまの幸せ。そうね、東原さまはお金持ちだし優秀だし顔もいいし、将来は宰相になるのではないかと言われてるし……そういう人と結婚できればたしかに幸せだろうけど。


 黙っている私に、東原さまは、多少苛立ってきたみたいだ。


「賢い君にはわかるだろう? 君がやっていることが間違っているということ。君はたしかに忠実で、忠犬のように秋芳に近づくものを追い払って、そして、秋芳を不幸にするのだ」


 冷たく、東原さまは言った。不幸にする? 私が、お嬢さまを?


 私は東原さまをにらみつけた。私は忠犬だって。じゃあ、忠犬に相応しく、ほえたてて牙をむいてやろうか。


「ちょっと言い過ぎたかな」


 肩の力を抜いて、憐れむように東原さまが言った。「私は君と仲良くなりたい。秋芳がうちに嫁に来ることになれば、君も連れてくるかもしれないからね。そうしたら君も我が家の使用人の一人となる」


 そして、側室にするの!? そんなこと、絶対に絶対に嫌!! でも女性に困らない東原さまが私を相手にするかな。でもたまにはその辺の草を食べてみたいと思うこともあるかもしれない。


「君の機嫌が直らないみたいなので、今日はひとまず退散することにするよ。じゃあ、秋芳によろしく」


 そう言って東原さまは背を向けて去った。私はその背中に思いっきりあかんべえをした。


 もう二度と来ないで!


 私は地面に靴で線を引く。この線からこちらがわに、入ってこないで!




――――




 その日のお茶の時間はお嬢さまの部屋で、お嬢さまと秋華さまとそして二人のお母さまである奥さまも一緒だった。


 今日の食べ物はしょっぱいもので。エビ入りの包子が卓の上で湯気をたてている。話はいつしか、東原さまのこととなった。


 奥さまが熱い口調で話しだす。


「ねえ、秋芳。東原さまとの仲はどうなっているの」

「どうもならないわ」


 お嬢さまは自分の前の小皿にとった包子に視線を落とした。箸でそれをちょいとつつく。


「どうもならないって、どういうことなのよ? あなたがはいと言えばいいのよ? それで全てが解決する話じゃないの」

「じゃあつまり、お母さまはお姉さまと東原さまの結婚に賛成なのね!?」


 きっ、と秋華さまが奥さまを見つめた。奥さまは涼しい顔で言った。


「当然ですよ」

「どうして!? 東原さまは女好きで有名でしょう!?」

「女好き? まあそうね、我が家でも綺麗な使用人を追いかけまわすし、いくつか女性関係の噂を聞いたことがあるわね」

「そらみたことか! そんな人とお姉さまが結婚しても、お姉さまが不幸になるだけよ」

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