3

「あの二人は絵になるねえ」


 こちらの気持ちをさっぱり知らず、義山さまはのんきに言った。たしかに、絵にはなると思う。美男美女だし。


 私も遠ざかりつつある二人を見た。仲良さそうに並んで、ゆっくりと庭を歩いていく。東原さまがお嬢さまにしきりに話しかけている。お嬢さまはそれに言葉少なに答えている。


 お嬢さまは――ほんとは嬉しいのかしら。こんな風に東原さまに思いを寄せられて。そして、二人で一緒にいられることを幸福に思っている?


 私がそこに入っていくと邪魔に思われるの?


「私、これ片付けてきますね」


 寂しい気持ちで私はお盆を持ち上げた。そしてとぼとぼ厨房まで歩いていった。




――――




 枇杷はお嬢さまに飼われることとなった。元気でかわいらしい生き物だ。あまり悪さをせず、毎日おいしい魚を食べている。糞は外にして、部屋を汚すこともない。賢いいい子だ。


 お嬢さまのことが好きなようで、いつも一緒にいる。寝るときも一緒なのだとお嬢さまが言っていた。枕のそばで丸くなって寝るらしい。


 その日私は厨房で食事の用意を手伝っていた。そこに突然、枇杷がやってきたのだ。


 大急ぎでやってきて、私の周りをぱたぱたと飛び回る。何か伝えたいことがあるようで、ピイピイとしきりに鳴いている。何やらただことならぬ雰囲気だ。


 もしかして、お嬢さまの身に何か?


 私は断りを入れて、厨房の外に出た。枇杷が私を先導するように飛んでいく。私も慌ててそれを追いかける。


 枇杷は庭のある地点を円を描くように飛んだ。ここに何が? 広い空間になってて、何もないところだけど……。とりあえず、ぱっと見には異常がなさそうに見える。


 私は枇杷に近づいて――そして、いきなり落っこちた!


 いきなり、本当に唐突に、地面がなくなったのだ! 私は落ちる。落ちて――そんなに長くは落ちなかった。すぐに何かぶつかって落下が止まった。やわらかいものが私の下敷きになっている。なんだこれ? 私は見て、心の底から驚いた。


 お嬢さまだ!!


 私、お嬢さまの上に落ちちゃったんだ! お嬢さまが私の身体の下で、私の体重で圧迫されている!! 私は急いでお嬢さまから降りると、慌てふためいて謝った。


「も、申し訳ございません!」


 お嬢さまが、ゆっくりと身を起こす。


「あ、あの! 大丈夫でしたか、お怪我は、痛くありませんか!?」

「大丈夫よ。どこも痛くない」


 お嬢さまはそう言って微笑んだ。「あなたも穴に落ちてしまったのね」


 そしてとてもおかしそうにくすくす笑い出した。


 よかった、お嬢さまが無事で……。しかし、一体どういうことだ? あなたも穴に落ちたとは? 私は辺りを見まわした。


 これは穴……穴だな、それっぽく見える。ほどほどに明るいのは、日が差し込んでいるからだ。顔をあげると青空が広がっている。でも不思議。私が地上にいたときには穴なんてどこにも見えなかったのに? それとも見落としていたのだろうか。


「庭を散歩していたらね、うっかり落とし穴にはまってしまったの。でも枇杷がやってきて、助けを呼んでくる、ってみたいに飛んでいったから、静かに助けを待っていたのだけど……。その助けまで落っこちてしまったのね」

「申し訳ありません……」


 そっか、私はお嬢さまの救助に呼ばれたのか。でもこうして、何も役にも立ってなくて……ほんと、情けない……。


 でもお嬢さまは気にしていないみたいだった。


「いいのよ。うかつな主人にうかつな侍女よ。似たもの同士で面白いじゃない」


 そっかな……。お嬢さまは明るくそう言ってくれるけど。とりあえず、少し救われた気持ちになる。


 枇杷の鳴き声が聞こえて、ふと我に返った。枇杷が近くを飛んでいる。ともかくここから出なくては、という気持ちになる。


 けれどもこの落とし穴は深い。私の身長の二倍はある。ここから出るといっても、どうしたらいいのか……。


「枇杷、また助けを呼びにいってくれる?」


 お嬢さまが枇杷にそう言うと、枇杷はまかせて! とばかりに飛び立った。枇杷……。やっぱり申し訳ない。私がもうちょっとしっかりしていれば……。


「お嬢さま、落ち着いてらっしゃいますね」


 私はお嬢さまに言った。もうちょっと慌てても良さそうなのに。こんな大きな穴に落ちて。というか、なんなのだこの穴。この深さ、ちょっとやそっとで掘れるものじゃないし……。屋敷の人間の誰が、何のために、こんなことをやったのか、それともまさか、妖怪の仕業!?


「この穴ね、悪い穴じゃないと思うの」


 お嬢さまはそう言って、私たちを取り囲む土の壁に手を当てた。私もつられるように手を当てて――ぎょっとした。これ、土じゃない!


 土ではなくて、何か別のもの……やわらかくてほんのりと温かくて――どこか生き物っぽさがある? 怖いよー不気味だよー。なんなのこれ。

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