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「少し、歩きましょうか」


 お嬢さまが私の隣に並んだ。私たちはゆっくりと、歩き出す。


 辺りは静かだ。人っ子一人いない。家は二階建てで、一階は硬く扉や窓が閉ざされている。でも二階は――。私は上を見る。二階の窓からは光が溢れている。人がいる、のかな。さっきの光の妖怪じゃないけど。


 どこかから一瞬、弦楽器を弾くような音が聞こえてきた。でも一瞬だけ。すぐに止んだ。


 不思議と、穏やかな気持ちになっていた。隣にお嬢さまがいるから? 提灯の明りが、心を落ち着かせる。優しい色をしている。


「新年のお祭りみたいね」


 お嬢さまが歩きながら言った。私はちょっと笑った。


「提灯がいっぱいあるからですか?」


 でもお祭りは人がいっぱいいて、にぎやかで、こんなに静かじゃない。


「子どもの頃を思い出すわね。私、お祭りが好きだった。今もよ」


 お嬢さまが無邪気に言う。なんだかこの状況を楽しんでいるみたい。


「ね、うちあけ話をしましょうか」


 お嬢さまが私に言った。


「唐突に、なんです?」

「こんな静かな夜は、うちあけ話に相応しいと思うの。さ、言いなさい。私に隠していることを」


 ええー、なんだそりゃ、突然に。私は冗談めかして言った。


「私は忠実な侍女なんですよ。ご主人さまに隠し事などいたしません」

「そんなことはないでしょう?」

「疑ってるんですか? ひどい!」


 わざとすねて、それから笑って、お嬢さまも笑う。そしてお嬢さまは少しまじめな顔をになって言った。


「……光は、あの妖怪は、あなたになんて言ったの?」


 私は黙る。その質問には答えたくない。あの妖怪が何を言ったか――お嬢さまに知られたくない。私は無理に笑顔を作って、茶化して言った。


「秘密、です。つまんないことですよ。お嬢さまのお耳に入れるほどのことではありません」

「でも、気になるわ」


「そういうお嬢さまこそ――」私はお嬢さまの顔を見上げた。「何を言われたんです」


 お嬢さまの顔から一瞬笑みが消えた。美しい横顔が提灯の明りに照らされて、お嬢さまの美貌と、そして冷ややかさを際立たせた。お嬢さまが遠くに感じられて、私は少し恐ろしくなった。でもそれはわずかな間だけだった。


 すぐにお嬢さまはやわらかい笑顔を作って、私を見た。


「秘密、よ。あなたが教えてくれないんだったらね」


 お嬢さまはそう言って、高らかに笑う。


「私たちは似たもの同士ね。似たもの主従よ」


 お嬢さまは早足になる。つられて私も早足になった。


「似てませんよ」

「嘘よ。どちらも隠し事が好きだわ」

「隠し事なんて……」


 してるけど。でもいいでしょ。心の中のやわらかい部分は、他人に容易に見せたくないんだから。たとえお嬢さまだって。


「小玉、冒険に行きましょうよ」


 また話が変わった。私はついていくのに精いっぱい。


「冒険、ですか?」

「そうよ。今も冒険ね。この道どこまで続くのかしら」

「……先が見えませんね」


 私もちょっと心配になってきた。行けども行けども似たような光景が続く。永遠に続くんじゃないだろうか、これ。


 お嬢さまの弾むような声がした。


「私、結婚するより冒険していたいわ」


 結婚、という単語が出てきて、どきりとしてしまう。でもそれを表に出さないようにして、私は平静を装って答えた。


「そうですね。私も冒険は悪くないと思います。帰る方法がわかっていれば、ですけど――」

「人だわ!」


 突然、お嬢さまが叫んだ。お嬢さまが見ている方角を、私も見る。少し先に行ったところ、ななめ右の家の前に男の子が一人立っている。こんな男の子、今までいたっけ? 無からいきなり現れたみたいだ。


 見知らぬ男の子。うなだれ、泣きべそをかいているようだった。私たちは男の子に近づいていく。


「どうしたの?」


 お嬢さまが尋ねる。男の子は涙のたまった目でこちらを見上げた。


「――おうちが……わからないの」

「迷子なの?」


 お嬢さまの言葉に、男の子はこくりとうなずいた。お嬢さまを私のほうを振り返る。


「どうしましょう。……小玉、なにかなぞなぞを出してあげて」

「なんなんですか藪から棒に」


 そんな急にふられても。お嬢さまは悪びれもせずに言う。


「悲しいときは、何か別のことを考えればいいのよ。なぞなぞで頭を使うとよいわ」


「えっと……」私は考える。けれども何も浮かんでこない。「……えーっと、山があってそれで……」


 それで、なんだ? 必死に知っているなぞなぞを思い出そうとする。でも、こんなことに何の意味があるのかなあ。ほら、男の子も不安そうな表情でこちらを見ている。


「お嬢さま」私はなぞなぞを考えることをやめて、言った。「それよりも、迷子のこの子を助ける方法を考えたほうがいいじゃないですか?」


「そうね、それをしたいのはやまやまだけど、でも私たちも迷子なのよ」


 そうだった。お嬢さまは少し、微笑んだ。


「迷子仲間が増えたわね。――私たちと一緒に来る?」


 最後の言葉は男の子に言ったのだった。男の子は、お嬢さまを見上げて、またうなずいた。表情がわずかに明るいものになる。


 私たちは三人で歩き始めた。

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