5

「私たち、どこまで歩くことになるのかしら」


 お嬢さまが言った。どこまでも続く道、そしてどこまでも続く、同じような家並み。ひょっとして同じところをぐるぐる回ってるんじゃなかろうか。道が曲がってる感じはないけど。


「なぞなぞは?」


 男の子が私を見上げて言った。覚えてたのかー。忘れてほしかったのに。私は再び頭をしぼった。なぞなぞ。謎。この状況が一番の謎。お嬢さまと私。と、迷子の少年。


 お嬢さまも謎だなあ。何を考えてるのか、よくわからないところがあるし。つかみどころがないし。私はお嬢さまと5年も一緒にいるけれど、知らないことばかりなんじゃないかと思うことがある。


 本当はそんなに近くないのかもれない。私とお嬢さまの距離って。


「ちょっと、どこかの家に入ってみない?」


 お嬢さまが突然言った。


「いえ、それはちょっと」

「あら、押し入るんじゃないのよ。ちゃんと声をかけて入るの。ごめんくださーいって」


 そしてそこから恐ろしい怪物とかが出てきたらどうするんですか、って言いたい。というか、言おうと思って、口を開くと、今度は男の子が声をかけてきた。


「なぞなぞは?」


 二人とも我が道を行く性格だな。私はお嬢さまに対応すべきか男の子に対応すべきかと迷っていると、ふいに男の子が大きな声を出した。


「道を教えてくれるって!」


 えっ、どこどこ? どこかに親切な通りすがりの人でもいるの? そう思って私は辺りを見まわすけれど、でも誰もいない。男の子だけがはしゃいでいる。


「こっちだよ! こっちに来れば帰れる、って!」


 男の子が駆けだす。私たちも急いで後を追った。男の子が嬉しそうに走っていく。そして――その輪郭が、光り始めた……?


 男の子が光る。輪郭と言わず、全身が。それは外側から、次第に内側も光る。そうして――男の子の形が、崩れていく――。


 崩れ、小さな光の粒になっていく。この光、見たことある。そうだ、さっき、私の部屋で。ここに来る前に出会った、真実を告げる妖怪だ――。




――――




 気づくと私は、劉家の庭にいた。夜だ。見上げれば、細い月と満天の星。怖いくらいの数の星が夜空を埋めている。星は、あの光る妖怪を思わせた。


 私は少しぼんやりとして、そして、はっと我に返った。お嬢さまは!? あのへんてこな世界で、私とお嬢さまは一緒にいたけれど、今も近くにいるのだろうか。


 お嬢さまは私のすぐ後ろにいた。よかった、とほっと一息ついてると、お嬢さまは言った。


「あっけなく終わっちゃったわね。冒険」

「帰れてよかったじゃないですか」

「もう少し続けたかったわ」


 それは無事帰れたから言えることだよ、と思っていると、かさりと静かな足音が聞こえた。


 見ると、連貴さんだ。こちらに歩み寄ってくる。前にも、夜に庭で、連貴さんに会ったなあ……。夜の散歩が趣味なのかな。


「私たち、不思議な世界で迷子に会ったのよ」


 唐突に、お嬢さまは言った。そんな話をいきなりされても、連貴さんは戸惑うだろうなと思ったけれど、穏やかに微笑んだままだった。


「私たちも迷子だったんだけど。でもあの男の子はちゃんと自分の家に帰れたかしら」


 お嬢さまの疑問に連貴さんは静かに答えた。


「帰れましたよ。ちゃんと空に――」


 空? 私は夜空を見上げる。無数の星がそこにあって、たしかにそれはあの光の妖怪に似ていなくもないけれど。


 みんな星になっちゃったの?


「それはよかったわ」お嬢さまはそう言って、少しあくびをした。「もうやすませてもらうわ。おやすみなさい」


 お嬢さまは自分の部屋のほうに歩き出した。私もついていこうとしたけれど、なぜだか足が止まってしまった。立ち止まったまま、お嬢さまを見送る。私も部屋に帰って寝ようかな。


 連貴さんを見る。不思議な人。ちょうどよいところにひょっこり現れて、物事を解決していくみたい。どういう人なのかな。知り合いに道士がいると言っていたけれど、連貴さんも不思議な力の持ち主なのだろうか。


 こうやって、無事帰ってこれてよかったけれど……。私は思った。けれども私は何の役にも立ってないな……。今回だって、特に役には立たなかった。


 前のときだってそう。お嬢さまが穴に落っこちたときだって、私はお嬢さまを下敷きにしただけだけど、東原さまは――あの人は、お嬢さまを助けた。東原さまのほうがお嬢さまの役に立ってるじゃない。


 結婚するより冒険がしたいって言ってたけど、冒険だって――東原さまとするほうがいいんじゃない? 危険なことがあっても、きっとかっこよく助けてくれる。


「あなたは役に立ってるわよ」


 ふいに声が聞こえた。連貴さんだった。連貴さんは謎めいた笑みで、私を見ていた。私はちょっと怖くなってしまう。なんだか心の中をのぞかれたみたいで。


「私も部屋に帰るわ。おやすみなさい」


 私が何も言えないでいると、連貴さんは短くそれだけ言って、背を向けて去っていった。私だけが取り残される。狐につままれたような気持ちになって。


 狐……。秋華さまはやたら化け狐の話をするけれど、本当にそんな生き物が現れないとも限らない。今日は変なことがいろいろあって、気持ちがやたら動揺してる。


 私も部屋に戻ろう。そして、眠ってしまおう。私は急いで自分の部屋へと駆けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る