第9話 いつまでも、どこまでも

夏芽さんに抱きしめられている。

理解するのにそう時間はかからなかった。

トントンとリズム良く背中をさすられ、あやす様に頭を撫でる。

きっと泣き止ませるためにそうしているのだろうが、私は泣いている時に優しくされるとさらに泣いてしまう人間。

つまり何が言いたいかと言うと。


「泣いてる時に優しくしないでください……っ」


こういうことだった。

泣いている時、悲しい時に優しくされると、余計にそれが心に沁みてもっと涙が出てしまうのだ。


「え、ええっ!? そんなこと言われても……! ちょっ、百合ちゃんそろそろ泣き止まない!?」

「無理です……!」


夏芽さんは驚きながらも、さする手と撫でる手を止めない。

そこに彼女の人の良さ、優しさを感じられるが、今はそれをされると逆効果なのだ。

しかし、私も私でその手を振り払おうとは思わなかった。

きっと彼女の手が暖かいから、いつまでも触れていたいと感じるのだろう。

それくらい心地が良かった。

数分も経てば、自然と涙は引っ込んでいき、夏芽さんの体は私の体からそっと離れる。

あんなに泣きじゃくった姿を人に見られたのは初めてで、夏芽さんと顔を合わせるのが少し恥ずかしい。

だが、ここに来た本来の目的を思い出し、私は夏芽さんに向き直った。

先ほどとは打って変わって真剣な表情をしているからか、彼女も居住まいを正してこちらを向いてくれた。

小さく息を吸って、呼吸を整える。


「夏芽さん。この前はその……ひどいことを言ってしまってごめんなさい。…………あの時少し怖かったんです。夏芽さんに嫌われたような気がして。……でも、それがひどいことを言っていい理由にはならない。だから……本当にごめんなさい」

「うん。……いや、私も勘違いしてしまうような行動をとってしまったんだ。それが原因で嫌われたと思ったんだよね。私の方こそごめんね」


夏芽さんは伏せ目がちに謝り、あの日目線を逸らした理由を話し始めた。

目線を逸らしたのは、百合ちゃんのことが嫌いになったからではないんだ。

あの時、百合ちゃんは長袖事件のときみたいに周りばかりが賛同して断れずにいたでしょう?

それでは百合ちゃんが楽しんで作文を書けない。

そう思って「ゆりちゃんの書きたいようにしたらいい」なんて言ってしまったんだ。

思えば、言い方が刺々しいし視線を逸らしたのも感じが悪かったね。

本当にごめんね。

夏芽さんは、憂いを帯びた笑顔で話を締めくくった。


「そう……だったんですか。私、勝手に早とちりしてすっかり嫌われてしまったのかと……」

「いやいや、勘違いさせてしまったこちらが悪いんだよ。……というより、私も百合ちゃんに嫌われたと思っていたよ。でも、今日来てくれたからそんな心配はいらなかったようだね」

「えっ、私は夏芽さんのこと絶対嫌いになりません!」

「ふふっ、そっか。私も百合ちゃんのことが嫌いになるなんて絶対にありえないよ」


夏芽さんのその一言は、私をひどく安心させる言葉だった。

絶対、なんて言葉は普通は信じられない。

なぜならば、この人生何が起こるか全く分からないのだから。

例えば、もしかすると私は明日死んでしまっているかもしれない。

もしかすると、夏芽さんがこの神社からいなくなってしまうかもしれない。

もしかすると……なんて、この世界に何百何万とある。

信じられなくて当然の言葉、それが「絶対」だ。

それなのに、夏芽さんが言うと不思議と疑うことなく受け入れることが出来た。

神様は嘘を吐かなさそうという私の中で偏見があるからか、それとも夏芽さんだからか。

そのどちらが理由なのかは分からない。

けれど、この人を信じてみたいと思ったのは確かだった。


「……夏芽さん、やっぱり作文にみんなのこと書いていいですか?」

「えっ、いいの!? もちろんだよ! むしろどんどん書いてほしいくらい!」

「ちょ、鼻息荒いです。落ち着いてください」


私は本当に嬉しそうに駆け寄ってくる、鼻息の荒い夏芽さんを手で制して二人で笑う。

笑いながら、彼女らのことをどんなふうに書こう、仮の名前も考えなければと次第に私の頭の中は作文のことでいっぱいになり、あれだけ嫌だった作文も書くのが楽しみになる。

また明日遊びに来た時に、作文も一緒に持ってきてみんなで書こう。

明日のことを考えてニヤニヤする私を、夏芽さんが嬉しげに見つめる。

しかし、その視線はだんだんと私の頭上に持っていかれ、何かいるのかと首を傾げながら後ろを振り返ってみれば。


「あれ、もう仲直りしたの?」

「わっ!? ……って、なんだ。天狗さんと猫又さんか」

「本当に失礼な小娘だね。なんだとはなんだい」

「まあまあ……」


言っていた通り、猫又さんを迎えに行ってから来た天狗さんがそこにはいた。

一瞬だけまた玉藻前的な妖怪が来たのかと思ったが、彼らの姿を視界に入れると安心してポロッと「なんだ」と言ってしまったのだ。

怒る猫又さんにそう伝えれば、拗ねてしまったのかそっぽを向かれる。

それならばと、猫又さんが撫でられるのが好きな背中を優しく撫でた。

そうすると、単純な猫又さんはあっさり許してくれるのだった。

私がクスクス笑えば、周りにも笑顔が移っていく。

この時間がいつまでも続けばいいと思ったのは、きっと私だけではないだろう。

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