第5話 心を読む行為

それはさておき、夏芽さんには今後のためにも人の心を読む癖は直していただきたい。

私は特に大したことも考えていないので、心を覗かれても少し恥ずかしいだけで何も気にしないが、世の中そうでもない人だっているだろう。

というより、絶対にそういう人の割合の方が多い。

まあ、この先この神様が人と関わり続けていくのかは知らないけれど。

彼女が読まれたくない人の心を読んで責められてしまわないよう、少しだけ説明させてもらいたい。


「いいですか、夏芽さん。私たち人間は、夏芽さんたち神様が思うよりもずっとシャイなんです」

「しゃい……?」

「……恥ずかしがり屋の人とか、内気な人のことです」

「ああ、なるほど」

「えーっと、それでですね……――」


私はいかに「心を読む」という行為が、彼らシャイな人たちにとって恐ろしいことなのかを力説した。

たまにカタカナ表記される言葉を使って夏芽さんが首を傾げれば、その度にわかりやすい日本語に変えて説明した。

私はこういうときのために英語を勉強してきたのかもしれない。

なんて関係ないことを思考しながら力説した私は、話し終わって尚しばらく顎に手を当て考え込む様子の夏芽さんに目をやる。

そしていきなりパッと顔を上げた。


「百合ちゃんのいうシャイな人たちにとって、心を読まれるのがどれだけ脅威なのかはよーく分かったよ」

「そうですか。まあ、でもほとんどの人間からすれば心を読まれるのは嫌だと思いますけど……」

「うっ……そ、そうなの? でも、私のこの心を読むっていうのは、意識してやっているわけではなくて、その……気がついたら読んでしまっているというか……」

「…………えっ」


他の神様方は制御できるのだけれどとポリポリ頬をかくその姿に、私が力説した意味はあったのだろうかと心底疑問に思った。

スンと澄ました顔になった私に対して、夏芽さんが苦笑いで謝罪を述べる。


「まあ、正直いってここにはあまり人は来ないし、私はここから出られないしで、結局心を読むのは百合ちゃんだけなんだよね」

「た、たしかに」


まず大前提からして私の力説は全く必要なかったと分かり、軽くショックを受けた。

いやそれよりも、この神様には私が力説しようとした理由も筒抜けなことがなんとも恥ずかしい。

心做しか嬉しそうな表情を浮かべる夏芽さんを見て、ショックの上に恥ずかしさが重なった。

というか、制御できないことが分かっていたならば、力説する前に教えてくれても良かったのでは。


「いやあ、面白そうだなと思って。ふふ……っ!」


なにかの本で、神様はイタズラが好きだと書かれていたが、それは間違っていないということがたった今証明された。

相変わらずよく分からないツボに入った様子の夏芽さんは、やはり神様らしくない笑い方で転げ回る。

しかしまあ、よくもそんなに笑っていられるものだ。

私なんて、笑い転げる神様を真顔で見つめているというのに。

やはり、参拝者もいないこの神社にずっと一人でいるのは寂しいのだろうか。

そう予測して改めて夏芽さんを見てみると、何だかひとりぼっちの可哀想な神様に見えてきた。

笑い方がおっさんな点を除くと本当にそう思えてくるので、哀れみを含んだ声色でそっと呟く。


「アルミ缶の上にあるミカン」


と。

案の定、元々ツボの浅い神様には私の表情と声色も相まって、今までで一番ツボに入ったようだ。

目の前で蹲り、声にならない笑いで肩を揺らしている。

どこが笑いの種になったのかは分からないけれど、あまりにも大爆笑しているものだからつられて私も笑ってしまう。

特に意識して笑わせようとした訳ではないのに、周りもいつの間にか笑顔になっている。

そういう力がこの神様にはあるのかもしれないと、ただ何となくそう思った。

やっと笑いが絶えた夏芽さんは、服についた土埃を払いながら立ち上がる。


「はー、笑った笑った。……ところで百合ちゃん。そろそろ帰らなくていいの?」

「え、ああ……。もうこんな時間なんですね。学校の課題まだやってないので、帰りますね」

「うん。そうした方がいいね」


起き上がったかと思えば、急に真面目で最もなことを言い出したので、少し反応が遅れた。

空を見れば赤色が広がっており、そこら中から烏の鳴き声が聞こえてくる。

私が心を読むことに対して夏芽さんに力説している間に、こんなに時間が経っていたようだ。

古井神社にはふらっと寄って、少し夏芽さんと話したら帰ろうと思っていたのだけれど。

天狗さんの登場や力説により、夕方近くまで居座っていた。

そこでふと、先ほど天狗さんが言っていた「ここは特別居心地が良いんだ」という言葉が脳内で再生される。

なるほど、私は天狗さんと気が合いそうだ。


「私は外へ行けないからここまでしか見送れないけれど、気をつけて帰るんだよー」

「小学生じゃあるまいし……大丈夫です」

「ふふ、そっか」


じゃあねと手を振る夏芽さんに、私も少しだけ微笑んで手を振り返す。

古井神社に続く石段は少ししかないので、あっという間に一番最後の段数を下りきった。

最後にもう一度夏芽さんに手を振り返そう。

そう思って今下ってきた階段の方を振り返る。

しかし、そこには最初に見つけた茶色で古ぼけた鳥居しか見えず、石段や古井神社は見当たらなかった。

一瞬だけとてつもない喪失感と焦りに挟まれたが、そういえば神社には結界が張られてあることを思い出し、すぐに落ち着いた。

どうやら、鳥居をくぐることで石段を上れるというカラクリらしい。

結界は意外と繊細に作られているのだなと妙に感心したのだった。


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