第4話 追加設定は人外らしい
神様らしくない神様こと、夏芽さんに出会った次の日。
私は胸をドキドキさせながら教室のドアをゆっくり開けた。
昨日まで暑苦しいくらいにまとわりついていた腕の布面積は減り、教室に新しく設置された冷房の風が、直射日光で温められた体をひんやりと冷やす。
――何を隠そう、私は今日勇気を振り絞って半袖で登校してきたのだ。
やはり、人外かもしれないという追加設定が効いたようだ。
登校するだけで死にかけていた私は、改めて半袖のすばらしさを身に染みて実感する。
恐る恐るといった感じで教室の窓際にいる桜田さんたちの方を盗み見るが、楽しそうに談笑していて半袖の私に気づいていない。
それどころか、こちらに一ミリたりとも興味が無いようだった。
私に「長袖で登校してね」と言ったことすら忘れているのかもしれない。
それはそれで癪だけれど、とにかく一番恐ろしかった陰口なんかも、心配する必要は無さそうで私は一安心した。
人は意外と自分のことを見ていないということをもっと早くに知りたかった。
「――ふっ、ふふ……! なんで人外って可能性だけでそうも変われるの百合ちゃん……! 普通は嫌がるのに……っひひ」
「笑い方怖いです、夏芽さん」
結局、誰にも半袖に変わったことを触れられないままあっという間に一日が終わり、暇を持て余した私は再び夏芽さんのところへ訪れていた。
今日の話を彼女にしたところ、一瞬で吹き出し、やはりおっさんのような笑い方で死にかけている今に至るというわけだ。
そんなに面白いだろうか。
夏芽さんのツボがよく分からない私は、試しに「布団が吹っ飛んだ」と有名なオヤジギャグをボソッと口にしてみる。
すると腹を抱えて笑いだしたので、この神様はゲラなのだと静かに理解した。
しばらく思いつく限りのオヤジギャグを言って夏芽さんを笑わせていれば、突然バチッと音がした。
それだけで肩を揺らした私は、この神社の異名「幽霊神社」を思い出し、今の今まで遊んでいた神様の背に隠れる。
夏芽さんが呆れた視線を送ってくるが、こればかりは仕方がない。
人間、怖いものは怖いのだ。
神様ならば何となく幽霊にも勝てそうな気もするし。
そう思って必死に夏芽さんの服にしがみついていれば。
「おや、珍しい。ここに人の子が訪れるなんて」
「……ひっ、わああああああっ!?」
「うおう……、耳が……」
ひょっこりと夏芽さんの右肩から顔を出したモノに対して、私は今まで出したことの無い大きな声で叫び散らかした。
このパターンは、私がホラーゲームで一番苦手とする幽霊の出方だ。
それがまさかリアルで体験することになるとは。
夏芽さんが耳を塞いでいるが、そんなことお構い無しに、ゲームオーバーにならないよう必死に涙を貯めながら叫び続ける。
「ちょ、ちょ……。百合ちゃん一旦落ち着いて。ほらぁげぇむっていうのはよく分からないけれど、この方は幽霊ではないよ」
「へ……?」
「いやあ、今どきの子は僕のこと知らない人が多いんだね。びっくりしたよ」
ポリポリと照れくさそうに頬をかく、赤い顔に細長い鼻のよく分からない者は、背中に生えた黒い羽をバサリと広げて空へ舞い上がった。
それにまた怯え始める私を、夏芽さんが宥めてくれる。
「えーっと、百合ちゃんでいいかな。僕の名前は天狗。顔とか羽でわかると思ったんだけど……」
ピンと来なかったかな、と苦笑いしながら羽を動かすその姿は、確かに昔話なんかでよく出てくる天狗にそっくりだった。
気が動転して勝手にピノキオのコスプレをした人なのかと思っていたのだが、全く違ったらしい。
天狗さんは地面に綺麗に降り立ち、すっかり震えが止まった私に「驚かしてごめんね」と笑いかけた。
「ところで天狗。わざわざ遠くから来たということは、何か大事な用でもあるのかな」
「ん? ああ、すっかり忘れてた。これ、うちで採れた人参なんだけど、量が多くて困っててさ。夏芽にはよく世話になってるし、持っていこうと思って」
「おお、これは見事な人参だ。有難く頂くよ」
「ぜひそうしてくれ」
和気あいあいと二人の世界へ入った夏芽さんたちに、私は一人置いてけぼりにされる。
口調からして、二人は以前からの知り合いのようだ。
けれど、天狗というのは妖怪に分類されるはず。
神様と妖怪は仲が良いものなのだろうか。
何となく険悪な仲を想像していた私は、楽しそうに人参を眺める彼女らを見て拍子抜けする。
そんな私に気がついたのか、夏芽さんが少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて言った。
「昨日、ここには結界が貼られていると言ったでしょう? それはもちろん人間に見つかりにくくするためなのだけれど、じゃあどうしてそれをするのかというとね。こうして天狗みたいに、霊感がない人でも簡単に見れてしまう妖怪がよく訪れるからなんだ」
「一度あったね、そういうこと」
「あったんですか……。というか、妖怪って神社に訪れるものなんですか?」
「ああ、普通に」
「普通に……」
まあでも、ここは特別居心地が良いんだと笑顔で天狗さんは語った。
夏芽は僕らの話を聞くのが上手くてね。
ついつい言うまいとしていた悩み事さえも、彼女には話してしまうんだ。
いつか、気付かぬうちに秘密を喋ってしまいそうで怖いね。
天狗さんは最大級の褒め言葉で話を締めくくると、用事があるからと言って再び空へ飛び立っていった。
一方、褒められまくった夏芽さんは、自信満々に無い胸を張ってドヤ顔を見せてくる。
この神様は神様らしくないけれど、たしかに話を聞くのは上手いと私も思っていた。
だからこそ、昨日誰にもいえなかった悩みが言えたのだ。
と、私の心を読んでいるのか、夏芽さんはさらに胸を張り始める。
「人の心勝手に読むのダメですよ。プライバシーの侵害です」
「ぷらい……? 何?」
……今度来たときには、この神様にカタカナを教えてあげようと静かに決意した。
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