第3話 高天原とは
「――らしいんですけど、高天原って確か神様がいっぱいいるところですよね、天狗さん」
夏芽さんから私宛の手紙を読み終わって、しばらく放心状態のまま突っ立っていると、ちょうど遊びに来たらしい天狗さんたちの足音が聞こえてきた。彼らも私同様夏芽さんに会いに来たらしい。
しかし、いつも掃き掃除をしている夏芽さんの姿が見えないことに首を傾げた天狗さんは、辺りを見回し目敏く私を見つける。相変わらず頭の上では猫又さんがすやすや気持ちよさそうに寝ており、起こさないためにわざわざ歩いてきたのだとか。
愛だなぁとにやにやしながら思っていると、顔が赤いのを誤魔化すようにして天狗さんが私の手にある手紙のことを聞いてきた。
そしてその内容を読み、なぜここに夏芽さんがいないのか理解した天狗さんに冒頭の質問をしたというわけだ。
天狗さんは私の質問によく知ってるね、と感心したあと少し付け加えるようにして話し始めた。
「ちなみにその高天原を支配していたのはかの有名な天照大神でね、八百万の神々が住まわれているんだ」
「へえ……。天狗さん詳しいですね」
「ふふん。まあね。これでも夏芽にいろいろ教えてもらったから知識はある方だよ」
ドヤ顔で腰に手を当て仰け反る天狗さんに、ふわりと笑みをこぼす。
と、私たちが少々うるさくしすぎたせいか、ぐっすり寝ていた猫又さんが二又に分かれた尻尾を揺らし体を起こした。
「あ……? 夏芽はいないのかい?」
「なんか、今日は高天原に行ってるらしいです」
「はあ、そうかい」
聞いてきた割にはあまり興味のなさそうな反応をする猫又さんに、顔を見合せて苦笑する私と天狗さん。サワサワと心地の良い風が吹く。
……そういえば、夏芽さんがいなくてもこの神社は大丈夫なのだろうか。
私は別に神社に詳しい人間では無いので、具体的に何が大丈夫じゃないのか説明するのは難しいけれど、確か祀られている神様がいなくなるのはマズかったような気がするのだが。例えば、神様を祀ることで抑えていた厄災なんかが起きてしまうとか。漫画で得た知識なので本当にそうかは定かでは無いけれど。
不安になった私は、少し離れたところで顔を真っ赤にしながら猫又さんとじゃれつく天狗さんに訊いてみる。
「天狗さん、天狗さん。夏芽さんってこの神社に祀られてる神様ですけど、いなくなっても大丈夫なんですか?」
「へ、えっ!? あ、ああ……」
元々赤い顔がさらに赤く染まりあがり、私が突然話しかけると、驚いたのか挙動不審並に声を震わせる。これだけ分かりやすい反応をしているのに、なぜ猫又さんが気づかないのか本当に分からない。こう見えて実は鈍感なのだろうか。にしても、鈍すぎではないだろうか。そろそろ天狗さんが可哀想に見えてきた。
「ええと、まず夏芽のあの姿は分身みたいなもので、本体ではないんだ。そうだな、百合ちゃんふうに言うと……ぶいちゅーばー? みたいな感じかな。で、本体はこの……本堂の中にあるって夏芽が言ってた」
「うわあ……天狗さんがVTuberとか言った……」
「そこ? というか、何でちょっと引いてるの」
だって、今までカタカナ表記の言葉を使えば首を傾げていたのに……。急に理解して使われると、私の脳が追いつかないというかなんというか。天狗さんには、古風なイメージのままでいて欲しかったのだが、どうやら現代に染まってしまったみたいだった。
そして、天狗さんの話の話を要約すると、夏芽さんは本体ではないので別にここへいなくても問題ないということだ。何だかそう言うと少し寂しいような気もするが、VTuberだろうが向日葵だろうが、それはどちらも夏芽さんだ。私はそんなことより、とりあえず早く無事に帰ってきてくれたらいいなと願う。
「そんなに心配しなくても、夏芽はきっと帰ってくるよ」
「そう、ですね」
私の不安そうな感情を顔から読み取ったのか、天狗さんが優しい声で元気づけてくれた。
――高天原。私は偉い人の言葉や天狗さんの説明でしかその場所のことを知らない。具体的にどんな神様がいて、どんな生活をして何をしているのか。私はただ夏芽さんと前世でも友達だったということ以外は普通の人間なので、もちろん彼女を高天原へ迎えに行くことも出来ない。こういう時に、身分の差というか種族の差を痛感する。
私も夏芽さんと同じように神様だったら良いのに。
……なんて。それは夏芽さんや他の八百万の神々に失礼だ。自分の中に潜む邪念を首を振るって取り払い、お賽銭箱の前に再び立つ。
「……」
お賽銭を入れて二礼二拍手。特にお願い事や申し上げることも何もないけれど、何となくここで手を合わせておきたかった。夏芽さんに、私が来ていたということを知らせたかったのかもしれない。
一礼をして、急な私の行動に顔を見合せて心配している二人の方へ近寄る。
「真剣衰弱でもしますか?」
今日帰ってこずとも、きっと明日にはいつも通りほうき片手に掃除をしているはずだ。いつものように、優しい笑顔で金色の髪と翠色の目を輝かせて。
そう信じながら、私は猫又さんのために常備しているトランプを大喜びで集まる二人に配り始めた。
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