第2話 再会?
天狗さんの意外な過去と衝撃の事実が発覚した次の日。
私は昨日天狗さんに宣言した通り、学校から出てすぐに神社へ向かうつもりだった。朝は一応母に「今日で一週間遊びに行くの禁止令解除だよね」と確認してきたし、放課後にこれといった予定もない。先生にも何も頼まれなかった。これで神社へ行く準備は万端である。
「よしっ」
担任の先生が帰りの挨拶を済ませて、教室から出ていったのを確認した私は、すぐさまその背中を追いかけるようにして教室を飛び出る。クラスの数人がこちらを驚くように見ていたけれど、私は全く気が付かなかった。早く会いに行かなければと、私の心臓がそう言っていた。
先生に注意されて時間をくえば元も子もないので、私は早歩き気味で廊下を歩く。まだ他のクラスは暮会が終わっていないのか、廊下はあまり賑わっていない。それも好都合だ。以前のように、靴箱で混み合う心配がないからである。
順調に教室から靴箱まで移動した私は、ささっと外履きに履き替えてつま先をトントンしながら歩き出す。落ち着きがないと言われたらそれまでだが、一週間会えなかったのだからこれくらい焦ったっておかしくはない。と、思いつつも誰かに見られていたら結構恥ずかしいなと一人顔を赤らめた。
ひゅうっと吹き抜ける少しひんやりとした風を感じながら校門を抜け、周りをキョロキョロ見渡して人がいないことを確認すると、ダッシュで神社への道を駆け抜ける。まだ九月下旬で秋も始まったばかりだというのに、半袖から覗く腕へ冷たい風が走るスピードに合わせてバシバシ当たっていく。今年はもしかしたら冬が来るのが早いのかもしれない。寒い冬よりは暑い夏の方が好きなので、個人的には残念な気持ちが湧き上がる。けれど、私が世界の天候や気候を変えられる力を持っているはずがないので、心の中だけでブツクサつぶやくことにした。
「はぁ……つ、着いた……」
体力不足でオマケに足も遅い私は、比較的近いこの神社へたどり着くまでどれだけ時間をくったのだろう。肩で息をしながら林の方へフラフラ近寄り、ハッとしてもう一度周りを見渡す。だが、もちろんこんな薄暗い場所に誰かがいるはずもなく。私はほっと安心してもう一度林の方へ向き直り足を一歩踏み出した。
サク、サクと夏の頃とは踏みしめる草や葉の音が変わっている地面をゆっくりゆっくり歩きながら、真っ赤な鳥居を目指す。……そういえば、鳥居で思い出したけれど、一週間前にここへ訪れた時何かおかしなことが起こった気がするのだが。
「えーと……たしか、私が触ったら鳥居の色が変色? というか光ったんだっけ」
記憶を遡ってみると、確かにそんなことがあったような気もする。いや、これは別に私の記憶力が無い訳ではなく、夏芽さんの話が印象的すぎてその事が霞んでしまっていたのだ。決して忘れていた訳では無い。
……にしても、本当にあれはなんだったのだろう。あの日はやっとパワーが宿ったのかくらいに考えていたが、冷静に考えるともしやマズイものを呼び寄せてしまったのではないだろうか……。おぞましい姿で私に取り憑く怪物を想像し、ぶるっと身震いをする。
そんな妄想をしながら歩いていれば、ようやく見慣れた鳥居が見えてきた。それは一週間前に見た時と何ら変わらない形色で、ただしんと佇んでいた。
やはり、あの日の出来事は気のせいだったのだろうか。ぐるりと鳥居を一周しておかしなところがないか見て回るが、特に異変は無い。いつも通りの朱色の鳥居だった。
まあ、これも夏芽さんに聞いてみれば分かる事だろう。最近何となく夏芽さんに頼りすぎているような気がするが、しかし一番詳しそうなのは彼女なのだ。こんな質問ばかりで申し訳ないけれど、夏芽さんは優しく快く答えてくれるのでついついそこに甘えてしまう――と、まあこの話はおいおいするとして。
私は今日、夏芽さんとゆっくり話すためにここへ来た。それなのにこんなところで道草を食っていたら、また門限を越えて一週間遊びに行けなくなる。
ふ、といつものように短く息を吸って吐き、どんな顔で会おう、どんな話をしようなんて考えながら、綺麗になった鳥居をくぐったのだった。
毎度おなじみの短い石段を上り切ったその景色は、酷く寂しい殺風景が広がっていた。
サワサワ、ゆらゆら。木々が揺れる音がそこらかしこから聞こえてくる。
――結論から言わせてもらうと、私があれだけ楽しみに待っていた夏芽さんとの再会は果たせなかった。いや、と言うよりは先送りにされたと言った方が正しいのかもしれない。
いつもならほうき片手に駆け寄ってくる夏芽さんの姿があるのだが、今日はその彼女の姿が見えない。出かけているのだろうか。いやしかし、彼女はここから出られないと言っていたはず。
数分立ったまま悩みこんだ私は、まあ待っていればいつか来るだろうと思考を放棄し、お賽銭箱の前にちょこんと座る。
「ん……? これは……」
そして、一枚の紙切れを見つけた。風で飛んでいってしまわないよう、大事そうに石で押さえつけられた紙が、お賽銭箱の上に堂々と置いてあった。いつもこんな紙あったっけ。そう疑問に思いながら紙切れの観察を始めていると、ふと「百合ちゃんへ」という六文字の宛名が書かれていることに気がついた。なんだ、夏芽さんから私への手紙だったのか。玉藻前が夏芽さんに構ってもらいたいが故に置いていったものなのかと思っていた。
私は意外と重みのある石をどかし、ずっと押さえられて少しくたびれたような四つ折りの紙を丁寧に開く。彼女の字は綺麗だった。綺麗で、とても簡潔にまとめられていた。
どうやらこの私が不在の一週間に何かがあったようだ。
今ここにいない彼女は、夏芽さんは。
なぜだか高天原に行っているらしい。
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