第5話 記憶力
それどころか、次の日もそのまた次の日も、玉藻前が私の前に姿を現すことはなかった。
玉藻前と最後に出会った日から一週間と少し。
七月ももう終わりを迎え、八月に突入する時期になった。
月が変わろうが、やはり玉藻前は姿を見せない。
私自身ももうあまり会いたくない妖怪なので、特に困ることも無く、むしろ平和でありがたいのだけれど……。
ただ、玉藻前が私の名前を聞いた瞬間のあの異常に驚いた様子と、去る時に見せた苦い顔がどうにも気になって仕方がないのだった。
夏芽さんには真っ先に相談した。
けれど、彼女はもちろん玉藻前が大嫌いなようで、名前を口にしただけで顔を歪めていた。
「あまりあいつのことは気にしない方が良い。ろくな事にならないから」
質問に全く答えてくれず、苦虫を噛み潰したような表情をしていることから、どうやら早々に玉藻前の話を切り上げたいらしかった。
まあ、唯一の友達を殺した相手のことなど話したくもないか。
夏芽さんの気持ちを考え、私もそれ以上玉藻前について深入りしないようにした。
もしかしたら、玉藻前に道端でばったり出会い、逃げる前に少しだけそのことについて訊けるかもしれないし。
――それに。
「ちょっと百合! あんたあんまり撫で回すんじゃないよ! せっかく毛並み整えたってのに……」
「だってあまりにも触り心地がいいので」
「夏芽これ。また余ったからおすそ分けに来たよ」
「おお、これまた綺麗なスイカだ。前回の人参も凄かったけれど、スイカは旬なだけあってやはり美味しそうだね。ありがたく頂くよ」
今日は念願だった艶やかな猫又さんを撫でることが現在進行形でできているのだ。
加えて、赤い顔と長い鼻が特徴的な天狗さんも、スイカを傍らに遊びに来ている。
ここは暗い話なんてやめて、みんなで遊ぶのが吉だろう。
私は一旦猫又さんの毛並みから離れ、持参していたトランプやUNO、すごろくなんかを広げてどれで遊ぼうかと迷い始めた。
ここはやはり、王道のババ抜きからやるべきか。
いやしかし、真剣衰弱やUNOも捨て難い。
私が一人うんうん唸っていると、夏芽さんが多数決を提案してきた。
なるほど、その手があったか。
夏芽さんは私よりも随分回転の速い頭を持っているのだと新発見をし、真面目に多数決をとり始める。
すると、みんな仲が良いのか全員一致でトランプに決定した。
だが、トランプの遊び方をこの妖怪たちは知っているのだろうか。
試しに、トランプでできる遊びの名前を言ってみる。
「真剣衰弱とかババ抜きとか豚のしっぽとかありますけど、どれやりたいですか?」
「え? えーっと……それらはどうやって遊ぶの?」
「……」
やはり何一つ分からず、ただ単に興味本位で手を挙げたようだった。
夏芽さんと同じように天狗さんと猫又さんも首を傾げているのが見えて、私は思わずため息を着く。
仕方がない、ここは一から説明するしかないみたいだ。
気の遠くなる思いをしながら説明すると、意外とみんな飲み込みが早く、比較的すぐに説明会が終了した。
ではまず手始めに簡単なババ抜きからをと思い、トランプをくって全員分配り終える。
しかしまあ、飲み込みの早さと強さは比例しないようで。
「ちょ、夏芽さんカード見えてます、見えてます」
「えっ? あ!?」
「おい天狗、何モタモタしてるんだい。早く札を取らせろ」
「いや待ってくださいよ。後ちょっとでジョーカーなるものが定位置に…………あっ」
「ふはっ」
全員顔に出やすいタイプの妖怪と神らしいので、誰がジョーカーを持っているのか、どこの位置にあるのかすぐさまわかった。
また、天狗さんのように口で言ってしまうことが多かったので、私は全勝してしまったのだった。
正月などで、親戚と集まってやる時は必ず負けるのに。
初めてこんなに勝てたことの喜びから調子に乗り、全負けした夏芽さんがやりたいと言った真剣衰弱をすることにした。
このメンバーでなら、もしや私一人で全取りできるのではないだろうか。
そんなワクワクした気持ちを抑えながら、カードを綺麗にピシッと並べ始める。
しかし数分後、そんなワクワクは儚く散っていくこととなった。
真剣衰弱が終わった頃には、ジョーカーを抜いた五十二枚のカードが私の手元にあると思っていた。
が、実際は。
「な、夏芽さん強すぎませんか……」
「ふふ、これでも記憶力は良い方なんだ」
「あと一枚差か……。んー悔しい」
「夏芽! もう一回やろうじゃないか! 今度こそは勝たせてもらうよ」
「ほう、受けて立とう!」
記憶力が良いらしい夏芽さんがほとんど取り、上位から夏芽さん、天狗さん、猫又さんと続き、自信のあった私は最下位に君臨したのだった。
私はショックを受けたが、このまま負け続けるわけにはいかないと踏ん張り、妖怪と神様が繰り広げる真剣衰弱に参加する。
だが、この一瞬で記憶力が良くなるはずもなく、私は呆気なく全敗した。
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