第4話 良い妖怪と嫌な妖怪
死ぬって、あの死亡とか永眠とかの意味合いのやつだろうか。
夏芽さんの友達が死んだという衝撃の事実を唐突に知ってしまった私は、驚きのあまり変な思考回路に切り替わる。
しかし、夏芽さんの友達になったというだけで死ぬだなんて変な話だ。
ようやく回路が正常に戻ったところで、玉藻前が言った言葉について考え始める。
夏芽さんは、誰かを殺すようなハンドパワーを持っていない。
もちろん、人を呪うような術も持ち合わせていない。
というか大前提に、気持ちの面で人を殺すことなんてできなさそうだ。
だというのに、その友達はどうして死んでしまったのか。
私には、玉藻前が事実とは少し逸れたことを言っているように思えた。
――ふと、横で小刻みに揺れる夏芽さんの表情を覗き込むと。
「死ぬ? よくそんな嘘を淡々と吐けるものだ。その友達はお前が殺したようなものだというのに」
怒りが爆発しそうなのを、必死に冷静さで蓋をして押さえつけているような表情で玉藻前に言い放った。
震えていたのは、怒りを押さえつけていたからか。
よく狐は人を騙すだなんて言うけれど、やはり玉藻前は嘘をついていた。
嘘がバレても、玉藻前は焦るどころか大きな九つの尾を揺らしながら、愉快気にニヤリと口角を上げている。
バレることは想定内だったようだ。
完全に夏芽さんの反応を見て楽しんでいる玉藻前に、私はだんだんと眉をひそめていく。
私にとって、天狗さんや猫又さんはいわゆる良い妖怪に分類されるのだろうが、この玉藻前は嫌な妖怪に分類された。
「いやしかし夏芽よ。お前も私を殺そうとしているじゃないか。見るからにこの結界、私対策だろう?」
「当たり前だ」
「やはり。どうりで一寸の隙もない面倒な結界だと思った。おかけで結界に体当たりする羽目になったぞ」
褒めているのか皮肉なのかよく分からない口調で、体当たりしてできた傷を私たちに見せつけてくる。
先ほどの茂みをかき乱す音は、玉藻前が結界の隙を探していた音だったようだ。
音は随分長く聞こえていたので、玉藻前もそれと同じくらい長い時間探していたのだろう。
体当たりといい、長時間探していたことといい、この妖怪はなぜそこまでしてこの神社に入りたかったのだろうか。
ただ単に他の妖怪が言うように居心地が良いからか、もしくは他の理由か。
そのあたりはよく分からないが、とにかく玉藻前はこの神社に執着しているというのはよく分かった。
変わった妖怪だと思い、引き続き隠れながら二人の話に耳を傾けようと茂みから少し顔を出す。
「……小娘、さっきから居場所がバレているのになぜ出てこない? 鬱陶しい」
「わ、わっ!?」
「百合ちゃん!」
「…………百合……?」
向こうを覗いた途端、その名の通りきつね色をした体が視界いっぱいに映った。
先ほど見つけられた際に特に誰にも何も言われなかったので、何となくそのまま隠れておくことにしたのだが。
話を聞こうと茂みから顔を出すその私の動作が、玉藻前のイライラを募らせてしまったようだ。
そこはかとなく理不尽だと思ったけれど、やはり図体が大きいだけあって圧も凄まじく、何も言い返せなかった。
まだドクドク鳴り続ける心臓を押さえ、玉藻前が私の名前に首を傾げたことを気にしつつ、安全地帯の夏芽さんの背中の後ろ
へ素早く移動する。
「……小娘、名前は」
「え? し、白井百合です、けど」
「しらい、ゆり」
驚いたように何度か私の名前を復唱した玉藻前は、突然ハッとしたように目を見開いて、こちらを凝視してきた。
そんなに驚くほど珍しくも変な名前でもないと思うのだが。
それか、首を傾げていたし一度聞いた事のある名前だったのかもしれない。
だとしても驚きすぎだと思うけれど。
――結局、玉藻前はそれから最後まで何も喋らず、苦い顔をしてすぅっと空へ飛んで行った。
夏芽さんは玉藻前が消えた瞬間、また入ってこないよう結界を二重に張り始める。
「何なら三重にしてしまおうか」
なんて怖い顔で呟きながら。
私は、天狗さんや猫又さん、そして夏芽さんがあまりにもほわほわしているため、昔話で言い伝えられてきたような怖い妖怪がいることを全く視野に入れていなかった。
人は予想外のことが起こり、それに対応するとどっと疲れてしまうようで、例によらず私も疲れていた。
いつ食われるかとずっとヒヤヒヤしていたのだから疲れても無理はないと思う。
しかし、どうやらその疲れが顔に出ていたようで、結界を貼り終えた夏芽さんがそれに気づき、心配して今日はもう帰った方が良いと言ってくれた。
もっと話したいことがあったが疲れはもちろんのこと、夏休みの課題があと少しというのも気がかりだったので、お言葉に甘えて家に帰ることにした。
「帰り道で玉藻前に会わないよう気をつけてね」
それはフラグなのではと思ったが、頭が働かない私は口にはせず、神社を出ていつも通りの家までの道を歩く。
回収されると思われたフラグだったが、玉藻前は既に遠くへ行ってしまったのか帰り道に会うことはなかった。
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