第3話 九つの尾
言われた通り背中に隠れるが、そこら中からガサガサと茂みをかき乱す音が聞こえてくるので、いつ、どこから、どのタイミングで飛び出してくるか分からないのだ。
もし、鬼の形相をした侵入者が鋭い爪で襲いかかってきたらどうしよう。
夏芽さんはどうするつもりなのだろうか。
やはり、神様のハンドパワー的な力で……。
「だーからそんな力無いってば」
「……私はきっと夏芽さんが隠し持ってるって信じてますから。夢壊さないでください」
「そろそろ認めようよ……」
呆れた視線が斜め上から降り注いでくるが、見えないふりをしてどこから来るか分からない敵の襲来に備える。
しかし、そんな私を嘲笑うかの如く物音はだんだんと小さくなっていき、しまいにはパタリと消えてしまった。
猫又さんのように迷い込んだ野良動物だったのだろうか。
静寂と化した空気に、穏やかな雰囲気が戻ってくる。
ほっとした私はずっと力を込めていた拳を開き、夏芽さんの後ろから隣へ移動した。
彼女は未だ警戒し続けていたが、先ほどよりは安全だと判断したのか横へ並んでも何も言わなかった。
結局その後、何かが襲来してくることは無かった。
訪れようとしていたものが何なのか分からなかったけれど、特に危険が及んだわけではなかったので、私たちはそのまま中断していた話を話し始めた。
話しているとなぜか嫌いなものの話題になり、夏芽さんは除草剤の匂いが嫌いだと答えた。
だから、いつも神社の草刈りをするときは全て手作業でやっているのだ、と。
ここはかなり草が生えている範囲が広い。
芝刈り機は使わないのかと訊いてみたが、首を傾げて頭にハテナを浮かべていたので、おそらく見た事も聞いたこともないのだと推測した。
しかし、私の家にそんなものがあるはずもなく、かと言って今から買うのは高いし、何より両親に怪しまれる。
ならば私が手伝う他ないだろう。
「この夏休みが終わるまでに、一回は絶対草刈りしましょう。私が手伝います」
「えっ、いいの!?」
ありがとう! と本当にありがたそうに私の手を取り、ブンブン上下させる夏芽さん。
さすがにこれから夏本番だと言うのに、こんなにボーボーだとこれからが心配だ。
それに、一人でやるよりも二人でやったほうが効率が良い。
その時はついでに雑巾も持ってきて、あの鳥居も掃除しておこう。
完璧なこれからのプランを想像し、一人うんうんと頷いていると、私でも夏芽さんのでもない匂いが鼻を通り、キョロキョロと周りを見回す。
けれど、先ほどのような物音はしないし、私たち以外の気配がある訳でも無い。
何かの植物の匂いだったのか。
いや、それにしては少々獣くさかったような……。
むむ、と考え込み始めた私を見て、夏芽さんが首を傾げる。
その次の瞬間だった。
「あ、あら……? ここはどこかしら。もしや私、こんな変なところへ迷い込んでしまったのでしょうか」
私がいつも通って出てくる林の中から、一人の綺麗な女性が顔を出した。
驚きのあまり思わず声を出してしまいそうになったが、夏芽さんが私の口の前に手を出しそれを制す。
見上げれば、夏芽さんの表情も驚いたような、真剣なような、怒りとも取れるようなよく分からない感情がごちゃ混ぜになったものになっている。
初めて見る表情だ。
元が綺麗な顔だからか、そんな表情でも全て美しく見えてしまう。
それにしばらく見入っていれば、再び夏芽さんの背中に隠された。
「百合ちゃんはそこにいて。そして少し隠れていて」
「えっ? なんで……」
「良いから、お願い」
目線を合わせず、有無を言わせないその口調に押し黙るしか無かった。
夏芽さんはあの女の人と何か深い関わりがあるのか。
そうでなければ、あのような強い感情を初対面の人に抱かないと思う。
まあ、一目惚れ等は除くとして。
しかし、夏芽さんはここから出られないし、あの女性も初めてここに訪れたかのような言葉を発していたけれど、二人はどうやって出会ったのだ。
というより、あの女の人はどうやってここに入ったのだろう。
普通の人間ならば、私みたいに自由に出入りすることはできないはず。
しかし、妖怪ならば天狗さんや猫又さんのように自由に入ることができる。
ではあの女性はやはり――。
「よくもまあ、ぬけぬけと。得意な人間に化けて私の前に現れたな、玉藻前」
女の人は、夏芽さんを視界に入れて「玉藻前」という言葉を聞いた瞬間、目を見開きニヤリと笑った。
玉藻前。
単語だけはきいたことがあった。
あまり詳しいことは知らないが、確か女性に化けた狐の妖怪だった気がする。
なるほど、先に漂っていたあの匂いは、この女性からした匂いだったのか。
夏芽さんの鋭い口調によって姿を暴かれた女性――いや玉藻前は、煙をまといながら本来の姿を明かした。
九つの尾を持ち、思っていたよりも数倍大きかった狐は、夏芽さんをじっと見つめたあと見透かしたように私を目敏く見つけた。
その鋭くて突き刺すような視線に、私の肩はビクリと跳ねる。
「おやまあ、人間がお前の神社に……。ふぅん、なるほどねぇ。非常食として蓄えておくつもりか」
「あの子は非常食でもなんでもない。私の友達だ」
「まあ、そう怒るな。…………いや、怒るのも無理はないか。唯一の友達はお前と友達になったせいで死んでしまったから」
「え……」
私の話をしている神様と妖怪の話を、無駄だと思いつつも隠れながら聞いていると、普段普通の日常生活を送っていればなかなか聞かない物騒なワードが聞こえてきた。
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