第2話 神様の友達


「ふう、危なかった……」

「すみません、ありがとうございます」

「怪我しなかったのだから謝らなくていいんだよ」


夏芽さんは謝る私を制し、優しい笑顔で頭を撫でてくれる。

完全に子ども扱いされているのはわかっているのだが、それでも私は夏芽さんに頭を撫でられるのが好きだと直感的に思った。

ずっとここに突っ立っているのもあれだし、そろそろ神社へ入ろうと彼女と一緒に階段を上る。

そして今気づいたのだが、夏芽さんは愛用のほうきを手に持っており、やはり掃除をしていたようだ。

私がここに来るとき、毎度の如く掃除をしていることから彼女は掃除が好きなのか、はたまた綺麗好きなのか。

そのどちらかは分からないが、あの小汚い鳥居はやっぱり綺麗にしておこうと密かに決意した。


「そういえば、百合ちゃんは今日から夏休みか。宿題は進んでいるの?」

「急にお母さんみたいなこと言いますね……」

「ふふ、だって気になるじゃないか。遊んでばかりいないかなって」

「夏休みに一緒に遊べるような友達はいないので、課題はあと少しで終わります」

「そ、そうなんだ……。なんかごめん」


目を逸らして謝る夏芽さんに首を傾げる。

私に友達がいないことを気の毒に思って謝ったのだろうか。

別に、友達がいなくたって死ぬわけではないので私は気にしていないのに。

まあ、グループ決めや二人組を作ってと言われたときはとても困るけれど。

それでも私は、何となく一人でも良かった。

人に遠慮して気を使ってまで友達が欲しいとは思わなかった。

それに――。


「私には、夏芽さんという神様が友達なので大丈夫です」

「!」


遠慮も気使いもいらない、そんな彼女が友達ならば、他に友達はいなくてもいいと思うのだった。

素直にそう伝えれば、夏芽さんはフリーズする。

名前を呼んでも、顔の前で手を振っても、肩を軽くたたいてもピクリとも動かない。

一生この場から彼女は動かないのではと、そろそろ焦りだした私の耳に、小さくか細い声がうっすらと届いた。


「変わらないね、本当に」


思わず息をするのも忘れてしまいそうになるくらいに綺麗で嬉しそうで、それでいて少し悲しげなあの笑顔で彼女は言った。

またもやその笑みに見惚れる私は、ふとあの夢の中の花もこんな表情で咲いていたようなと思い出す。

先ほども思ったけれど、やはりあの夢はここと何か関係があるのかもしれない。

そうでなければ、普通の夢ならばいつもは忘れて頭の片隅にもないのに、あの夢だけここで必ず思い出す理由が分からなかった。


「百合ちゃんって意外と大胆だよね」

「へっ? そうですか?」

「うん。率直というか素直というか。素直に自分の思いを言える人は中々いないからね。良いことだと思うよ。……まあ、長袖の件は断れなかったみたいだけどね」

「うっ……」

「ふふ」


先ほどの笑顔がいつもの笑顔に変わり、かと思えば私をイジり倒してくる。

いつもの仕返しだと言わんばかりに。

長袖の件は、周りの圧もあって断れなかっただけであって、別に桜田さんが怖いとかでは無い、断じて違う。

そう必死に弁解するが、夏芽さんはクスクス笑うのみで信じてくれないようだ。

ムッとした私は、その仕返しの仕返しに「猿が去る」と渾身のダジャレを言うと、先ほどのあの綺麗な笑顔が嘘かのように笑い転げ始めた。

最近は、こうして彼女に披露するダジャレを家でも学校でも考えており、ふとした時にポロッと言ってしまいそうで少々怖い。

まあ、聞かれたとして母と父には心配され、クラスメイトからはさらに距離を置かれるだけである。

なんてことない。


「いやいや、なんてことあるでしょう……」

「私は夏芽さんが友達なら、別に他に友達はいなくてもいいので」

「っ百合ちゃん!」

「んぐ」


ガバッと勢いよく優しく抱きしめられ、お昼に食べたオムライスが口から出そうになる。

この細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。

心底疑問に思っていると、ようやく気が済んだのか夏芽さんは私から離れる。

しかし、彼女の顔を見て私は今日イチ驚愕した。

夏芽さんの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていたのだ。


「えっ!? ちょ、ちょっと夏芽さん! 顔がやばいですから!!」

「だって……だって百合ちゃんがっ……!」

「いや、マジでやばいです! 一旦落ち着いて鼻かみましょう!?」


一応神様である夏芽さんのこんな顔を万が一誰かに見られたら、評判ガタ落ちである。

そんなことになったら大変だ。

私は急いでポケットからティッシュを取り出し、夏芽さんに渡して鼻をかむよう催促する。

彼女は勢いよく鼻をかんだあと、ティッシュを丸めて私に渡した。

これは、持ち帰って捨てろと言うことだろうか。

神様のハンドパワー的な力で消し去ってくれたらいいのに。

丸まったティッシュをさらにティッシュで包み、ポケットに突っ込みながらそんなことを思う。

それから約五分、何回か鼻をすすった夏芽さんは、やっと落ち着いたのか木陰で話そうと私の手を引いた。

ここは元々涼しいのだが、やはり木陰に行くとさらに涼しい。

さわさわと吹く風で木々が揺れ、その音を聴きながら夏芽さんと雑談を始めた。

ここに来るまでに、暑すぎてさながらストーカーのように移動していたことを話したり、ついさっきまで猫又さんがここで日向ぼっこをしていて掃除ができなかったと話したり。


「っえ! 猫又さん来てたんですか!?」

「すぐ帰っちゃったけどね。かなりくつろいでたよ」

「撫でたかった……。今度来た時は、私が来るまで引き止めといてください」

「ふふっ、百合ちゃんは本当に猫又が好きだね。引っかかれないようになるべく引き止めておくよ」


よし、これで今度こそはあの艶やかな黒色の毛並みを撫でることができるだろう。

今度を楽しみにしながら、また雑談を再開する。

しばらくの間、私がダジャレを言って夏芽さんを笑い転げさせていれば、ふと天狗さんがきた時のようなバチッと静電気が走った時の音がした。

二回目となれど、いきなりくるとびっくりしてしまうもので一回目同様肩を揺らす。

けれど、まあまた夏芽さんの知り合いの妖怪が訪れてきたのだろう。

ならば大丈夫だ、彼女の知り合いは良い妖怪ばかりだから。

そう思いながらちらっと夏芽さんの方を盗み見ると。


「……いや、この感じは私の知り合いではない。知らない妖怪が結界を破って入ってきたね」

「………………えっ」


百合ちゃんは後ろに隠れてて、という妙に緊迫感のある雰囲気に私は泣きそうになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る