第6話 衝突
どうやら本当に夏芽さんは記憶力が良いみたいだった。
その後も何戦かやり、三人がかりで奮闘したが一向に勝てず、そろそろ飽きたというところで見かねた夏芽さんが、天狗さんが持ってきていたスイカを食べようと提案する。
頭を使って糖分不足だったので、そろそろ休憩にしても良い頃合いだろう。
しかし、食べるとは言ったものの、切り分けるための包丁は誰も持ってきていない。
切らずにどうやって食べるのだと私が疑問に思っていると、ドヤ顔の天狗さんがスイカの前へ仁王立ちしていた。
手には大きな葉っぱが握られている。
「え、まさか……」
「そのまさかだよ、百合ちゃん」
「いや、ちょ待っ……」
大きな葉っぱもとい、天狗の羽団扇を空に掲げると、私の制止の声も聞かず一気にスイカ目がけて振り下ろした。
刹那、ブワッと台風の時の風が下から吹き上げてくるような暴風に私の体はふわりと浮く。
天狗さんは風圧で綺麗に割れたスイカを見て満足しているが、吹き飛ばされた私たちはそれどころでは無い。
夏芽さんは「これがうちの夏の風物詩だよ」なんて笑顔で言っているが、こんな絶叫ものが風物詩だなんて嫌すぎる。
地面に落ちる前に、楽しそうな表情をした天狗さんに抱き抱えられ、心臓が未だ爆発寸前の私はヨロヨロと地に手をつく。
しかし、彼はそんなことお構い無しに更に細かく切り分けるべく一振、二振りと羽団扇を縦に振り下ろした。
その度空へ浮かび上がる私を見て腹を抱えて笑う猫又さんには、後でたっぷり撫でまくってやると空中で泣きそうになりながら決意した。
「――いやあ、ごめんね。百合ちゃんが高いところ苦手だとは露知らず……」
「苦手じゃないです。好きじゃないだけです」
「それを苦手と言うのでは……?」
「違います、断じて苦手ではないです」
「そ、そっか」
天狗さんの言う高所恐怖症を否定しながら、今後天狗さんが切る時以外は絶対に見られないであろう、綺麗な赤色の断面にみんな一斉にかぶりつく。
私は農家の娘ではないので、作物の詳しいことは分からないが、素人でもわかるほどにこのスイカはただのスイカでは無いと感じとれた。
鮮やかな赤実に、ほのかに香るスイカ特有の甘い匂い。
本当にこれが野菜に入るのかと思うほどに甘い味わいに、今まで食べたどのスイカよりも甘くて美味しいと、私たちは思わずそれぞれが舌鼓を打ったのだった。
「天狗の持ってくる作物には毎度驚くけれど……、去年のスイカより腕を上げたね、天狗」
「ちょっと夏芽! あんた一人で食べ過ぎだよ!」
「そうですよ夏芽さん。私なんてまだ三つしか食べてないんですから」
「いや百合ちゃんも食べ過ぎ」
そんな私たちを見て、天狗さんは心底嬉しそうに羽を揺らし、自分も食べようと切り分けられたスイカに手を伸ばす。
だが、どうやら先ほど夏芽さんが食べたスイカが最後の一切れだったようで。
「……ご、ごめん」
「いや、うん。いっぱい食べてくれて嬉しいし、うちにまだあるから…………うん」
「す、すみませんでした」
悲しげな表情で、自身を落ち着かせるように何度も頷く天狗さん。
そして、いよいよいたたまれなくなったらしい夏芽さんは、天狗さんに対して深々と謝罪を述べ始める。
私は私で先ほどの宣言通り、猫又さんをわしゃわしゃ撫でまわしていた。
本人は嫌そうな顔をしているが、肉球でペシッと払ってこないので、触られる分には嫌では無いのだろう。
それならばと調子に乗って撫でまくっていたら、柔らかいパンチが頬にとんできた。
肉球がふにっと当たっただけなので、全く痛くない。
しかし、猫又さんにパンチをされたらそれ以上触ってはいけないという暗黙の了解があるので、私は仕方なく手を引っ込めた。
やることも無くなり、日向ぼっこをし始める猫又さんの隣でまだ話している二人をぼーっと見ていると、ふととある課題が頭に流れてきた。
それは夏休み前から配られていたにも拘わらず、タイトルから全く書けずにいた「夏の思い出」がテーマの国語の作文課題。
他の課題はほとんど終わったというのに、これだけは全く手がつけられていなかった。
最終手段は、夏休みを楽しく過ごしたと捏造して書く方法しかないだろう。
……書いている時はきっと虚しいだろうけれど。
「虚しくなるくらいなら、私たちのことを書けば良いじゃない」
「わっ!?」
ぼんやりしていたからか、夏芽さんと天狗さんの話が終了し、こちらに話しかけていることに全く気がつかなかった。
驚いて思わず後ずさりしてしまったが、作文に神様や妖怪のことを書くなんて、下手すれば先生に頭の心配をされてしまいそうなのだが。
「うーん、たしかに。……それじゃあ、妖怪とか神様とか書かずに、僕たちのことを友達って表記すれば良いんじゃないかな」
「そうそう」
「遊んだ場所も、神社じゃなくてあんたの家ってことにすれば良いんじゃないかい?」
「え、えっと……」
正直言って捏造する方が簡単だし、思い出なんて作れないと思っていた私はそちら方向に行こうとしていた。
だが、周りがこんなにも協力的になるとどうしても断れなくなる。
それに、なぜみんながこうも協力してくれるのか私には理解できなかった。
特に、天狗さんと猫又さんとは会って数回目だし、友達と言えるのかすら怪しいのに。
「……まあ、百合ちゃんの書きたいようにしたら良いよ。私たちはいつでも協力するから」
「あ……はい。ありがとう、ございます」
怒らせて、しまったのだろうか。
せっかく協力しようとしてくれていたのに、ネガティブなことばかり考えてしまったから。
ふいっと視線を逸らし、急に話題を変えた夏芽さんの表情を盗み見ると、そこにはいつもと何ら変わりない笑顔があった。
ギュルっと胸の中を、焦りとモヤモヤが渦をまく。
嫌わないで、私から離れていかないでという焦りが。
何となく、桜田さんの時と似たような感情がふつふつと湧き上がってきている気がした。
気を使い、愛想笑いにお世辞を振りまいて。
「えっちょ、百合ちゃん。私はそんなつもりで言ったんじゃ……」
ああ、これも全て彼女には聞かれているのか。
バッと振り向いて焦ったように言う夏芽さんの一語一句に、何を言われるのかという不安と焦りで一々胸が跳ねてしまう。
少しは打ち解けられたと思っていたが、そう思っていたのは私だけだったのか。
夏芽さんがそんなつもりでなくとも、私はそういう意味で受け取ってしまった。
私の勝手な被害妄想かもしれない、私が自意識過剰なだけかもしれない、でも。
それでも、私には十分に堪えた。
「……課題があるので帰ります。天狗さんスイカありがとうございました」
「えっ? あ、うん。気をつけて帰ってね……って、いやいやどうしたの?」
「百合、あんた何勝手にイラついてんだい。帰るんならちゃんと話してから……」
「……っもう良いです」
「あっ、百合ちゃん!」
夏芽さんがこの神社から出られないことを良いことに、私は一気に石段を駆け下りた。
天狗さんの心配も、猫又さんの正論も、夏芽さんの呼び止める声さえも、何となく苦しくて逃げ出した。
「はぁ……っ! はぁっ……!」
もがけばもがくほど沈んでいく、底なし沼のようにだんだん息が苦しくなっていく。
神社を出る前に見えた、夏芽さんの悲しそうな焦るような表情。
あんなことを言ったのだ、嫌われても文句は言えない、言えるわけがない。
ポツポツと地面にシミを作っていく。
友達だと言ってくれた相手を、なぜ突き放してしまったのか、それはきっと私も――誰にも分からないのだった。
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