第7話 後悔
夏芽さんたちから逃げるように帰ってきた日から数日後。
時間の流れに任せれば、気まずい気持ちも薄れ、自然と足は神社に向かうだろうと思っていた。
「あれ、今日も友達の家行かないの?」
「あー……うん。何か用事あるらしいから」
「そっか」
けれど、現実はそう上手くいかず、むしろ時間が経つほど気まずい気持ちは高まっていく。
焦りと不安も同様に。
夏休み中は、神社に行くという用事がなければ私は家から出ないので、神社の外でも見える天狗さんや猫又さんにも一切会っていない。
そんな状況では、もちろん夏芽さんの気持ちや状況が分かるはずもなく。
それが余計に、私の足を家という名の安全地帯に縫い止めているのだった。
思えば、これまで私は友達と呼べる友達は一人もおらず、喧嘩をしたのもこれが初めてだ。
だからどう対応していいのか分からない、その気持ちも神社へ行きずらい理由の一つなのかもしれない。
溜息をつきながら、終わったワークやらプリントやらを積み上げた課題の山をぼーっと見つめる。
目の前の机には三枚の原稿用紙を広げて。
「それじゃ、お母さん行ってくるね。お昼ご飯は冷蔵庫の中にあるから」
「うん。行ってらっしゃい」
母を玄関まで見送り、扉が閉まったのを確認して、また原稿用紙を広げた机の前に座る。
「――私たちのことを書けば良いじゃない」
「……」
彼女らが言った、善意の言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け巡る。
同時に、一週間前の私の自意識過剰ぶりを思い出して、一人恥ずかしさと後悔で机に突っ伏せた。
夏芽さんたちは優しいが、それ故にその温かさが逆に怖くなる時がある。
その優しさがもし、きっと私とまだ仲良くなれておらず、社交辞令的な優しさだったとしたら。
今後仲良くなったとして、唐突に嫌われたり、距離を置かれたりしたら。
友達が今までいなかったからこそ、彼女らとの距離感が分からないのが私だ。
一度でも間違いを犯して信頼を失えば、もう二度と前の仲には戻れなくなるのではと、不安で怖い。
人から信頼を得るのは長い年月をかけなければならないが、逆に信頼を失うのは一瞬だと聞いたことがある。
だからこそ、間違わないよう常に人の顔色を窺うのが癖になっていた。
あの日もきっとそうだったのだろう。
嫌われたくない一心で、夏芽さんたちの顔色を窺った。
気の使いすぎや遠慮をするくらいなら、友達なんていらないと言っていたのは私だというのに。
よもや自分から窺いにいくとは。
矛盾している己の行動に長く重い溜息をつき、書く気も起きないのにペンを握る。
今夏芽さんたちは何をしているのだろうか。
いつもこの時間には、神社で夏芽さんと雑談をしている頃なので、それが余計に私の好奇心をくすぐらせた。
しかしすぐにハッとし、全く進まない作文に意識を向き直す。
夏休みももう残り少ないのだから、こちらに集中しなければ。
夏休み終了まで約二週間をきったカレンダーをチラ見して、作文に視線を落とす。
――と、その時、唐突に玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン、ピンポーン。
無機質な音が二回鳴る。
私の家に訪れる友達はいないので、おそらく宅配便か何かだろう。
座っていた私は腰を浮かしながらそう思い、玄関まで早足で歩き向かうついででハンコを手に持った。
久しぶりに母と父以外の人と顔を合わせることに緊張しながら、そっと玄関の戸を開いた――。
「やあ、久しぶり。百合ちゃん」
「………………え、なん……えっ!?」
しかし、そこに人の姿はなく、代わりに見えたのは黒い羽根を羽ばたかせて真っ赤な顔をした天狗さんだった。
宅配便の人がいると想像していた私は、思わぬ人物の登場に反応が遅れる。
なぜ天狗さんがここにいるのか、どうやって私の家を知ったのか。
疑問は尽きないが、頭がこんがらがって上手く言葉にできず、はくはくと口を動かすのみだ。
「たっく……、あたしらがどんだけしんぱ……いや探し回ったか……」
「猫又さん……」
「そ、そんな目で見るんじゃないよ! 今のは噛んだだけであって……!」
「まだ何も言ってないです」
私の腰の下辺りで声がしたと思えば、どうやら猫又さんも心配で来てくれていたらしい。
どうやら彼らは、私の家に着くまでに何軒もの家の中を覗いて探していたようで、汗が太陽の光に反射して輝いている。
こんな暑い中、どれくらいの時間探してくれていたのだろうか。
私の中で申し訳なさがどんどん膨れ上がり眉を垂らすが、その中に嬉しさが紛れ込んでいることに気づいた。
その嬉しさはきっと、こんな暑い中私一人を探すためだけに二人が歩き回ってくれたことと、心配してくれていたことからきているのだと思う。
ああ、このことも含めて謝らなければ。
「天狗さん、猫又さん。その……この前は本当にごめんなさい。みんなに嫌われるんじゃないかって焦って不安になってテンパって……、それで無視してしまいました。ごめんなさい……」
不思議なもので、私は謝る相手に対面してしまえば、思っていたよりもするする言葉が出てくるようだ。
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