第7話 夏休み0日目
翌日、翌々日といつも通り学校に通い、その帰りに神社に寄るのが私のルーティンになり始めていた頃。
「えー、明日から夏休みに入りますが。くれぐれも夜更かしや夜遊び等しないよう元気に過ごしてください。そして課題は計画的に進めるように。いいですか、計画的にですよ。それじゃ解散」
「はい」
担任の癖である話の締めに手を叩く動作がされた瞬間、教室が嬉しさでわっと沸き立った。
――ついに私の学校も夏休みに突入したのだ。
やっと暑い中汗を流して登下校しなくて良くなると、私も私で嬉しさを噛み締めていた。
ちなみにうちの学校は、比較的他のとこより始まるのは早いが、終わるのも早い。
だからいつも夏休みの課題が終わらず、最終日に徹夜でやる生徒が多いのだそう。
最後に担任の先生が何度も釘をさしていたのはそのためだ。
まあ、私はちゃんと計画的に進めるタイプなので特に心配はしていない。
あるとすればそう、結局終わらなかった夏の思い出作文だ。
母にどこか旅行に出かける予定はないのかときいてみたのだが、あいにく父の仕事の都合が合わないらしい。
いや別に父は来なくてもいいのだけれど。
思わず口に出してしまうところだったのだが、そう言って母に怒られることは目に見えているので、必死に言葉を飲み込んだ事を覚えている。
また、祭りもここら近辺では開催されない。
されたとしても、隣町の人気があるお祭りだけである。
隣町までは遠いし、人の多いところはあまり得意ではない私にとって、うちの町に祭りがないのは絶望的だ。
という二つの理由で、作文に書く内容がないのだった。
「内容が無いよう、だもんね。仕方ない」
一人つまらないダジャレを言って、学校から通学路へと出る。
そうだ、このダジャレは今日夏芽さんに聞かせてみよう。
またゲラゲラと神様らしくなく大爆笑するのだろうか。
その光景が目に浮かび、誰もいないことを確認してクスクス笑う。
そしてそれから数十歩歩いたところに、木々が立ち並ぶ林が見えてきた。
私は周りを確認したあと、迷いなく林の中へ入っていく。
たくさんの木々が葉を揺らして音を鳴らす。
その中を直進して行けば、少し赤みがかった茶色の鳥居が見えてきた。
やはりいつ見ても汚らしい。
夏休み中にもし暇になったら、雑巾片手に掃除に来てもいいかもしれない。
しばらく汚れた鳥居を見つめたあと、そろそろ神社に向かおうかと鳥居をくぐる。
すると目の前には、先ほどまでなかった石段が一段、二段と続いてあった。
一般的な神社よりも少ないそれを上り切ると、やっと神社が目に入った。
そこには、夏芽さんが掃き掃除をしているいつも通りの光景が――。
「お、百合ちゃん! ちょうどいいところに。この子捕まえるの手伝って!!」
広がっていなかった。
黒色の何かを必死に追いかけ回す夏芽さんが、私を見つけた途端叫ぶようにヘルプを求めてきた。
「何してるんですか」
「この子がいつの間にか入り込んでいたから……っ! どこから入ってきたのか聞こうと思っているの!! あ、ちょっ……」
神様であろうと、すばしっこい小さなものは捕まえられないらしい。
ゼェハァと肩で息をしていることから、随分と手間取っている様子が窺えた。
私もあまり運動神経がよくないので、捕まえられるかは分からないけれど、微力ながらも手伝おうと気合いを入れた瞬間。
黒い何かはピタリと止まり、私の方をじっと見つめてきた。
「なんだ……。また妖怪かと思ったけど、普通の黒猫ですね」
「はあ、はあ……! いやゆりちゃ…………それ、はあ……はあ……っ」
走り疲れた夏芽さんが何かを訴えてくるけれど、息が切れていて何を言っているか分からない。
とりあえず私は頼まれた通り、止まった様子の黒猫に手を伸ばし、そっと抱き抱える。
――否、抱き抱えようとした。
「いたっ」
刹那、手の甲に鋭い痛みが走り、思わず手を引っこめる。
見てみれば、猫に引っかかれたような傷から赤々と血が流れていた。
この子がやったのか、そんな目で恐る恐る猫を見ると。
「気安く触るんじゃないよ。それに、なんだとはなんだい失礼な。人間か何かよく分からん小娘」
「…………へっ!? 猫が喋っ……た?」
「微妙な反応するんじゃないよ」
口をはくはくと動かして喋る黒猫に冷静に叱られ、ぺちりと肉球らしきもので手の甲を叩かれた。
喋る黒猫をまじまじと見てみると、尻尾のようなものが二つに分かれており、妖怪についてあまり知識がない私でもこの猫がなんなのかすぐに理解した。
「あの、猫又さんですか?」
「いかにも。ふん、人間か何かよく分からんやつのクセに脳みそはあるのか」
「あ、人間かよく分からないやつじゃなくて、白井百合っていいます」
「あたしがいつあんたに名前を訊いたよ!」
自己紹介をしたら、またもやぺちんと手の甲を叩かれた。
それは痛くないけれど、先ほどなぜか引っかかれた傷がヒリヒリと痛む。
早めに処置をしないと傷口からバイ菌が入ってしまうが、絆創膏や消毒などは持って来ていない。
どうしようと若干焦っていると、肩に温かい感触があった。
「やっぱり引っかかれちゃったか。よし、おいで。簡単な手当くらいなら道具もあるからできるよ」
正体は、やっと息が整った様子の夏芽さんだった。
手当をしてくれるとのことで、素直に彼女の後ろを着いていく。
というか、回復や治癒でなく手当なのか。
神様はハンドパワー的なもので回復できるとどこかで聞いたことがあったのだけれど。
「誰なのそれ言ってた人……。そんな能力あるわけないでしょう」
「まあ、ですよね」
相変わらず人の心を読む夏芽さんにテキパキと手当をしてもらいながら、黒猫もとい猫又さんの方を盗み見る。
どうやら日向ぼっこが好きなタイプの猫らしく、ゴロゴロと寝転がっては気持ちよさそうな顔をしているのが見えた。
ふと、私は夏芽さんが猫又さんを捕まえようとしていたことを思い出し、「捕まえなくて良いのか」ときく。
「ああ……。目的は捕まえることじゃなくて、話をきくことだからね。別に捕まえなくてもきいてくれるようだったら構わないよ。……っと、はい終わり」
「ありがとうございます」
私の手当をし終わった夏芽さんはよっこらせと立ち上がり、再び猫又さんの方へ歩いていった。
何となく私もその後ろをついて行き、猫又さんと視線を合わせるようにしてしゃがみこむ。
改めて近くで見てみると、猫又さんの毛並みは超がつくほど美しかった。
太陽の光を反射して光る黒色の毛並みは艶やかで、お嬢様や身分の高い人間を思い起こさせた。
尾が二つに分かれていること以外は普通の黒猫である猫又さんを、元々動物が好きな私は素直に撫でてみたいと思い始める。
しかし、二人は今真剣な顔で話をしているので、そんな雰囲気を壊すことなど小心者の私にはできない。
撫でたいと伸びそうになる腕を、必死に引っ込めたり伸ばしたりと繰り返すうちに、猫又さんに「邪魔するならあっちへ行きな!」と怒られてしまった。
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