第7話 身内の可愛いは信じてはいけない

夏芽さんと共に赤い空に映える漆黒の翼を見上げながら、心の中で猫又さんの鈍感さに肩をすくめた。

あんなに分かりやすく好意を飛ばしているのに気づかないのは、この世界中で猫又さんくらいではないだろうか。

恋愛経験の無い私でも好意を見抜けたのだから、きっとそうに違いない。

一人謎の思考回路を巡らせ、うんうんと頷く私を不思議に思ったのか、夏芽さんが首を傾げる。

彼女の顔は、綺麗さの中に可愛さも持ち合わせているのでこてんという効果音が似合いそうだ。

傾げた時に揺れたサラサラの黄色髪に見とれていると、夏芽さんが静かに笑いをこぼし始め私はギョッとする。


「な、夏芽さん? どうしたんですか、何か悪いものでも食べました?」


今度は私が首を傾げる番だった。

ダジャレを言った時はそれはもう長く笑い続ける彼女だが、普段笑う時は短く笑顔になって終わる。

それなのに、今は急に目を見開いたかと思えば、目に涙が溜まるほど大笑いし始めたのだ。

何が原因で笑っているのかも分からないので、私は目の前の神様に恐怖しか感じなかった。

悪いものに取り憑かれたのかもしれない、そう考えた私は夏芽さんからジリジリと後ずさりし彼女から距離をとる。


「くっふふ……! ちょ、百合ちゃん止まってよ。違うんだ、変なものを食べた訳ではなくて考えていることは一緒だなと思っただけなんだよ」

「……はい?」

「だからね。……天狗、わかりやすいよねって話」

「!」


手招きをされて近寄ると、神社には私と夏芽さんの二人きりなのに、内緒話をするかのように耳元で囁かれた。

女の人にしては少し声が低いからか、それとも私が信じてやまない神様パワーとやらのせいなのか。

背筋に何かがゾクリと走るような――少し懐かしいような感覚があった。

まるで獲物に狙われた時、身近で言えば氷を背中に入れられた時みたいな感じだ。

いや、狙われたことも入れられたこともないけれど。

何だ今の声はと訊きたいのはやまやまだったが、夏芽さんがこぼした内容が内容だったのでそのことはすぐさま頭から放り出され、先程自ら空けた彼女との距離を一気に詰める。

私の勢いに夏芽さんは引いていたけれど、今はそれどころではない。

夏芽さんも気づいていたんですね、と目を輝かせ興奮しながら言葉にした。


「それはもう昔から分かりやすいからね、天狗は。正直者というか、素直というか……。しかしまあ、猫又があんなに鈍感だと実るのはいつになるのやら」

「あ、天狗さんは何か実らなくていいって言ってました。猫又さんと一緒にいられたらそれでいいって」

「えっ、そうなの!? 何それ初耳だ。もっと聞かせて!」


言ってしまってから、夏芽さんは知らなかったのかと少し後悔するけれど、一度口から出たものは戻せない。

それなら仕方がない、天狗さんには私にあの場面を見られたことが運の尽きだと思い諦めて頂こう。

見たのは数時間前だがまだ脳裏に焼き付いている二人の恋事情を皮切りに、私たちは恋バナに花を咲かせていった。

天狗さんは将来良い旦那さんになると予想したり、きっと猫又さんに振り回されるだろうなと予想したり。

猫又さんは何気にモテてそうだなんて妄想を話したり、事実この町のオス猫は大抵が猫又さんに好意を持っていると猫情報にやけに詳しい夏芽さんから聞いたり。


そして話はだんだんヒートアップしていき、天狗さんと猫又さんの恋バナからとうとう私の恋バナに移ってしまった。


「ほらほら、百合ちゃん学校で気になる男子はいないの? ほら、隣の席のあの子とか、前の席のあの子とか」

「いやあの……私、男子と全然関わりがないので分からないですってば」

「えー? 本当は密かに想っている子がいるんじゃないの?」

「残念ながら一人もいませんって」


嘘だぁ、と頑なに私の言葉を信じようとしない夏芽さん。

彼女の目には、一体全体私がどう映っているのだろうか。

ついここ最近に追加された人外かもしれないという可能性以外は、どこにでもいる田舎の女子中学生だろうに。

桜田さんのようにキラキラしている訳でも無く、教室の隅で静かに本を読む女子なのだ、私は。

心の奥底でそう思っていると、常時発動型の夏芽さんの能力が発揮されたのか、勢いよくバッと立ち上がって私の前に仁王立ちする。


「そんなことない! 百合ちゃんはとてつもなく、いや銀河一可愛い!」

「…………は……?」


心を読んで何を言い出すのかと身構えていれば、小学生並みの語彙力で夏芽さんに可愛いと褒められた。

急だったことと、今までそんなことを言われたのはおじいちゃんとお父さんくらいだった為、素っ頓狂な声をあげてしまった。

年上の女性に言われたのはこれが初めてである。


「知ってますか? 身内の可愛いは信じちゃいけないんですよ」

「いや私、百合ちゃんの身内じゃないから」

「……毎日来てるからもう身内みたいなもんです」

「だとしても信じてよ」


そんなことを言われても。

どこかの本に身内の可愛いは口癖みたいなものであって、本当に可愛いと思っているかは定かでは無いと書かれており、それに妙に納得してしまったので私はそちらを信じるしかないのだ。

しかも、恋バナを話し始めた辺りから夏芽さんのテンションはおかしいので、やはり勢いで言ってしまったのだろうと思う。

……と、いろいろ考えて素直に喜べないからこそ、私には友達が少ないのだろうなと実感した。

ここで「ありがとう」と照れくさそうに言うのがいわゆる愛嬌のある可愛い女子なのだろう。

だが、残念ながら私はそんな女子では無い。

夏芽さん諦めてください。

まだ何か言いたそうな雰囲気を出す夏芽さんだったが、何を言っても信じてくれないと感じ取ったのか可愛いのになあと呟きながら私の思惑通り諦めていた。


その後は最近の学校での様子を少し話して、辺りが暗くなり始める前にと解散した。

石段を下りながら、笑顔で手を振る夏芽さんに、私も口角を上げて振り返す。

最後の一段を下りて見えた鳥居は、夏休みに少しだけ磨いたおかげで元の色を取り戻しつつありピカピカ輝いていた。

私はそれを満足気にしばらく見つめ、気が済んだので忍者の如く林と林の間を縫うように通り抜ける。

さて、帰ったら課題でもしようかなんて浮かれながら。

木の影からこっそりと道に人がいないことを確認し、胸を撫で下ろした私は整備されたアスファルトの上に足をのせる。

――否、のせようとした。


「へっ? え、ええっ!?」


鈍色の地面に着くと思われた私の足は宙に浮かび、瞬きをした次の瞬間には体全体が浮遊状態になっていた。

まさか気分だけではなく、本当に浮いてしまうとは。吃驚である。

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