第6話 欲にまみれた猫
神社を囲うようにして立ち並ぶ木々が、この運命の戦いを見守るようにさわさわと揺れる。
一枚目に選んだのが赤ハートの五だった猫又さんは、今度は夏芽さんの左側にある孤立したカードを肉球で押し選んだ。
めくれない猫又さんの代わりに、私がゆっくりそれをめくってみると。
「――だああ! なんでまたこいつをひくかねぇ!? あっ、さては夏芽! あんた札の位置ズラしたね!?」
「まさか。猫又の記憶から抜け落ちているだけだよ。……じゃ、最後の二枚は私が頂いたよ」
「くっ……! もう一回だ! もう一回やろうじゃないか!」
「猫又さん、真剣衰弱ガチ勢になってません?」
夏芽さんに詰め寄る猫又さんを呆れた目で見ながら、もう一戦やると意気込む彼女のために、天狗さんと共にカードを綺麗に並べ始める。
もはや枚数を数えなくても分かる夏芽さんとの圧倒的な枚数差に、私は彼女から勝ちを奪い取ることをそろそろ諦めかけていた。
みんなが一束になって協力しようが、夏芽さんには勝てない。
なぜ私は、そんな彼女相手にリベンジを挑もうだなんて言ったのか。
数時間前の私の発言に今更後悔していると、目の前には綺麗に並べられたトランプの裏模様が広がっていた。
そしてその上に出されるみんなの手。
「あ、私は疲れたので実況兼審判にまわりますね」
しかし、私は順番を決めるジャンケンに加わることなく、審判として公平にジャッジするため腰を浮かして真ん中に立った。
「おや、そうかい」
「実況て……何を喋るの?」
「え? まあ、何かいろいろ喋ろうかなと」
「ふふ、それじゃあ始めようか」
夏芽さんのその一声で実況者兼審判である私はハッとし、最初の見せ場である始めの合図を出した。
始める前にジャンケンで決まった順番は、トップバッターが夏芽さん、その次が天狗さん、そして最後が猫又さんになる。
その直後、私は猫又さんがニヤリと笑っていたのをしっかりとこの目で捉えた。
大方、夏芽さんや天狗さんが逃したカードをかっさらうことが出来る順番だと思ったのだろう。
私には猫又さんがミスって、それを夏芽さんが全てかっさらう未来しか見えないのだが。
まあ、彼女の妄想に水を差すのはよくない。
きっと私の予想通りになるだろうが、黙っていた方が面白いことに気づき、そのまま本日六回目となる真剣衰弱をスタートした。
さすがの夏芽さんも一回目からカードを合わせることは出来ず、ひいた二枚をヒントに残して天狗さんにバトンタッチする。
すると、まぐれか実力なのか分からないが、天狗さんが夏芽さんのヒントを頼りにカードを合わせた。
「おお。凄いじゃない」
「あはは、多分まぐれだね」
「天狗、私にくれてもいいんだぞ」
「いやなんでですか」
ダメですよ、と天狗さんのカードに手を伸ばす猫又さんを制し、真剣衰弱の続きを進めていく。
まぐれで当たったらしい天狗さんは、次のカードを合わせることは出来ず順番は猫又さんへ。
さあ彼女の妄想通り、大量にカードをかっさらうことはできるのか――。
「ん……? あれ、天狗。さっきの三はどこにやったんだい」
「え? ああ、それならこっちの……」
「ちょっ、猫又さんルール違反です。天狗さんも答えようとしないでください」
「ふはっ」
勝ちたい欲にまみれた猫又さんは、何気彼女に甘い天狗さんに詰め寄ってはルールを破ろうとするので、実況者兼審判の私は選手の彼らより大変だったと思う。
結局、私は猫又さんに対する注意のせいで、審判としてしか活躍できなかった波乱の大会はこうして幕を閉じた。
第六回目の真剣衰弱の結果は、やはり絶対王者の夏芽さんが一位。
そして、最初のまぐれ取りからだんだんと調子を上げていった天狗さんが第二位。
堂々の最下位は、欲にまみれルールを破る寸前を繰り返した猫又さんだった。
最下位に君臨した理由は、最初に私が予想した通り猫又さんは目当てのカードの隣や上下――つまり外れを取ってしまい、次の番の夏芽さんが全てかっさらっていったからである。
まさかの予想的中に私は大笑いし、猫又さんは打ちのめされていた。
「くうう……! 勝つまでやるぞ私は! 夏芽、もう一戦……」
「いやいや、猫又はそろそろ猫会議の時間でしょ? 遅れたら怒られるんじゃない?」
「……あっ」
まだやる気だった猫又さんを、猫会議という謎の単語で止めた天狗さん。
「猫会議?」
「ああ、百合ちゃんは初めて聞いた単語だよね。猫会議というのはね……」
猫会議とはなんだと私が疑問に思っていれば、夏芽さんがそれの詳しい説明をしてくれた。
猫会議というのは、この町に住まう様々な猫たちが週一回に集って話し合う会議のことらしい。
話す内容は至ってシンプルで、最近困ったことは無いかや、危ない場所はないかなどを話し合うとのこと。
ちなみに、猫又さんは猫又なだけあってこの町でいちばん長生きしており、勝手に長という位置付けになっているとかいないとか。
私はこの神社から出られないにも拘わらず、猫会議についてかなり詳しい夏芽さんに少々恐怖を感じた。
だが、長という位置づけなら、猫又さんが遅れて行くというのは相当マズイのではないだろうか。
と、彼女も同じことを思ったのか、来たときと同じように慌てて天狗さんの上に乗っかる。
そして事情を知っている私は、急なラブ展開に目を輝かせた。
たしか、来る時も迷うことなくすぐさま天狗さんに飛び乗っていた気がするような。
これは本人に直接言うしかない。
私は真っ赤な顔で変な動きをする天狗さんに近寄り、猫又さんに聞こえないよう小声で彼にボソッとこぼす。
「頼りにされてますね」
と、ニヤニヤしながら。
しかし、天狗さんは好きな子に急に飛びつかれてそれどころでは無いのか、百合ちゃんは少し黙ってて! と叫ばれ、変な体勢のまま少し赤みがかった空へ羽ばたいて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます